コンテンツ化された苦悩

憎み憎まれて生きるのさ

23歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

痛みを知らない子供が嫌い。心をなくした大人が嫌い。

俺にはコミック雑誌なんか要らない
俺にはコミック雑誌なんか要らない
俺にはコミック雑誌なんか要らない
俺のまわりは漫画だから

頭脳警察コミック雑誌なんていらない」

 文章としてうまく書けているか、どう読まれるか、を抜きにしてブログに書いてていちばん楽しいのは、漫画とか小説の紹介だ。なぜかというと、自分には漫画とか小説の話を話し合う友達がほとんどいないからで、わざわざ文学部に行ったのにそういう事を話す友達が全く出来ないというのは、いかがなものかと思う。映画サークルに所属していて映画好きの友達はびみょうにできて、大学時代は「この映画があーだこーだ」みたいな話を思う存分出来たので良かったが、漫画と小説の話はほぼしなかった。通ってた頃は知らなかったけど夏目房之介先生の講義とかやってたらしいので、取っておけばよかったな。今さら後悔しても遅いが。ニートになってからyoutubeマンガ夜話ばっかり見てるけど、ああいう(良い大人が!)漫画について好き勝手に議論できる場所って羨ましい。あと「げんしけん」を大学四年生になってから読んだのも、結構重めのボディブローとしてレバーに効いてる。あばら粉砕コース。俺はもしかしたら漫研に入りたかったのかもしれない。絵さえ描けたら漫画作ったりだとか、コミケとか楽しそうだし。

 随分前にブログで書いたけど、穂村弘のエッセイで、恋人の部屋でしりあがり寿の「夜明ケ」を借りて読んでたらものすごいページがあってそのことを興奮しながら恋人に伝えたらそのページは恋人にとってもお気に入りだったので大いに盛り上がりお互いの運命の波長がピッタリ重なるのを感じてシアワセだった…みたいなエピソードがあってですね。そんなサブカルおのろけ話はどうでもよくて、しりあがり寿を読んでる女の子なんてマジでどこにいるんだよって話をしたいわけですね。どこに?いるの?もしもし運命の人ですか?大学の漫研にもいなさそう。穂村弘漫研じゃないだろうし。そのエピソード読んでからしりあがり寿の『夜明ケ』買ってきて読んだけど、そのものすごいページがどこか分かんなかったので俺の運命の波長は穂村弘と全く重なってなかったようだ。「夜明ケ」の中で一番好きな話は『されどコンパの日々』という短編で、その中のライブシーンが(俺的には)ものすごいと思ったけど穂村弘的な正解はどうなんだろう。(エッセイの中では明らかにされない。のろけといてそこ隠すのはズルいと思う)

 俺も元はといえば高校のときの彼女がいままで出会った人のなかでも屈指の漫画好き(センスはともかく自分で買い集める量が高校生のわりに多かったと思う)で、漫画を色々読むようになったのはその人の影響が大きい。彼女が持ってる漫画の大半はそこまで興味そそられなかったけど「HUNTER×HUNTER」だけは、本当の本当に「貸してくれてありがとう」としか言えない。ピクルと闘う前の愚地克巳並みに感謝してる。そこらへんが俺の漫画集めの基準が変わったターニングポイントであります。中学生の頃から「ジョジョの奇妙な冒険(4部)」とか「金色のガッシュ!!」は好きでしたけど。高校はミッション系のくせにというかだからこそというかやたらスクールカーストがきつくてアメフト部に肩パンされまくりで教室で「BANANAFISH」でも読もうものなら「ヘイ!ファギー!」だの「キスマイアス!」だの言われて、結局「BANANAFISH」もくだらん言いがかりつけられる境遇(最初から家で読めばよかっただけだが)で楽しめなくてなんとなく手放したりとかそういう生活を送っていて、「男なら刃牙」「男ならGANTZ」「男ならONE PIECE」みたいなマッチョイズムに弾圧を受けていた時代だった。いやどれも面白いと思うけどさ。当時の俺にとってはクラスメイトのボンクラ共が知らないような面白い漫画を探したり読むことが心のお守りになっていた気がする。俺の漫画の選び方の根底にはこういう逆張り精神が横たわっているのだ。

 とはいえ、自分とセンスの合う漫画好きの人がたまたま身の回りにいなかっただけで、俺自身もそれほど漫画詳しいわけじゃないのも事実。持ってる量もチョイスもガチの漫画道有段者に比べたら「出直してこい」って感じだろうし、萩尾望都高野文子も読んだことない。あくまで俺は俺の好きな漫画が好きなだけだから、そういう大きな意味での漫画好きじゃないのです。まず本当に「漫画道楽」を嗜むなら親の持ってる漫画らへんから勝負始まってる感ありませんか。うちの親はほとんど漫画読まないので、ほぼ高校くらいから自分の育ててきたセンサーで漫画を集めないといけなくて、それでなおかつ語る友達もいないって孤独すぎる。女の子に貸したら返ってこないし。だから漫画のことをこういった電脳上のブログで語りたくなるわけですよ。

 でも漫画なりを取り上げてブログ書くなら書くで「渋いチョイス」って言われたい。アホほど。めんどくさい性格だ。誰かに漫画勧められたとして、その漫画がつまらなくても、「つまんない漫画勧めやがって」てなるけど、面白くても「なんで俺より先にこんな面白い漫画知ってるんだよ…悔しい」てなる。狂ってる?それ褒め言葉ね。

 基本的にこれは俺の承認欲求の問題で、面白い漫画に読んでる時は単純に、頭の中で「面白い!この漫画の面白さを世界で一番ハートに感じているのは俺だ!」っていう電波を受信している。現実がクソほどポンコツな分だけひたすらに虚構に感動しいなんです。漫画を語る友達がいないのも悲しいけど、その電波をうまく言葉に変換出来ない、つまるところ自分が漫画を語る言葉を持ち合わせていないことが一番悲しい。その点、マンガ夜話に出演しているコメンテーターとか穂村弘は凄い。あんな良い大人というかもはや中年のおっさんなのに漫画について、恥ずかしげもなく、めちゃくちゃ真摯に語ったり批評している。ありえないくらい魂の深いところで。それが眩しいしとても羨ましい。

 単なる負け惜しみだが、しりあがり寿を読む女の子はレアだと思うけど、彼女だとしてもあんまり羨ましくない。俺は作品単位でたまに好きなくらいでそこまでしりあがり寿にハマってないから。彼女から借りた漫画にハートを打ちのめされ、その感情を彼女と共有できるといった関係性とシチュエーションが羨ましいだけです。大学の時の彼女の愛読書が浅野いにおの「おやすみプンプン」だったから、借りて読んでも「おぉぅ…」ってなりました。ある意味ハート打ちのめされたけど全然盛り上がらなかった。向こうは俺の「子供は分かってあげない」を借りっぱなしで別れたし、あれからもう一年くらい経ったのね。

 借す漫画だけはあるのに、女子に。

 

俺も 君も そしてみんなも
このへんてこな世界で
これからやっていくわけなんだけど

ゆらゆら帝国ゆらゆら帝国で考え中」

 

夜明ケ (Jets comics)

夜明ケ (Jets comics)