コンテンツ化された苦悩

憎み憎まれて生きるのさ

23歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

私があなたのためにしてあげられることなど何もないのだけれど

 Twitterで募集をみかけて面白そうだなと思って創元社エントリーシート出したら見事に落ちた。出版社特有の無駄に長いエントリーシートと作文書いたりするのが意外と大変で半日くらいウンウン唸って書き上げたのに、無惨。家族に内緒でエントリーシート出したのにお祈りが郵送だったために親経由で「あんた創元社からなんかきてるよ」→「中身何だったの?」て聞かれるから地獄だった。「ちょっと欲しい本があって注文してたけど、なかったみたい」という謎の嘘をついて落ちたことを隠ぺいした。落ちた瞬間はそこまで落ち込みはしなかったけど、お祈りの通知を見てお風呂に入ったあとにベッドの上で青山景の『The Dog Race』を読んでるときにダバーっと涙が出てきてまるでメンヘラかAKB総選挙の徳光和夫。この本に収録されている「リリカチュア」という短編がなぜか涙腺にきた。屋上から飛び降りて自殺しようとする女の子をそこに居合わせた男が劇のふりをして励ますって話なんだけど、虚構が現実と対決していく系の話ってよくないすか?「ビッグフィッシュ」とか「落下の王国」とか。ニートが書類選考落ちたごときで泣くなんてアホだと思う。「ダメ人間な自分」に酔って泣いてるだけじゃないんかと。現役で就活してる時も落ちるのが嫌すぎて全然やる気がでなかった。何十社も受けるとかみんな心強すぎるだろと思ってた。あのお祈りの連絡を見た時の「おまえは必要とされていない」って強烈なメンタルへの一撃に耐えられない。ドッジボールのチーム分けとか花いちもんめで最後まで残ってしまった時に近い絶望感がある。「おまえはいらん、おまえはいらん、おまえはいらん……」発狂。

 

 姉が転職に成功した。誰もが知っている有名な会社から内定が出たらしい。姉、ものすごく大雑把で部屋も汚いのだけど、妙に要領が良くて高校も大学も推薦で一発で決めて、今の会社入ってからも海外出張バンバン行って英語もペラペラでもう手に負えない。大学も国公立で親孝行だし、というか普通に文句を言いながらも不満のあるらしい今の仕事をちゃんと続けているのがすごいと思う。かたや俺は高校も落ちるし、大学も私立だし急性アルコール中毒で入院したことあるし親から誕生日プレゼントにもらった就活用のカバンを山手線に置き忘れて失くしたし、買って3ヶ月くらいのiphoneを酔って上着ごと失くしたし新卒で入った会社が3ヶ月も続かなかったり辞めた後も特に何をするでもなくニートしていたり、親に迷惑かけっぱなしなのである。

 

 前の会社にいた頃、先輩から「お前は本当にクズだ。お前を育てた親もクズだ」と言われたことがあって、何でそんなことを言われたかというと俺がいろいろあって取引先から出入り禁止くらったからなんだけど、それ言われてから「自分向いてないっす」と思って辞めた。「親がクズ」発言とかそういうこと言うのもどうなのかなと思ったし。俺の両親二人とも教育関係っていうか普通のサラリーマンじゃなくてまあ教員なんだけど、先輩から言わせると「教員は会社での社会経験がないから非常識で、その子供も非常識に育つ」ということらしい。いくら俺が使えないからといって「親がクズ」って論理はおかしい。だって、俺と同じ親から生まれた姉は立派に社会人をやっていて、俺のいた会社よりはるかに大企業に勤めていたから。そして、さらに大企業に転職してバリキャリの道を突き進んでいて、先輩の「親が教員なら子どもも非常識」理論を見事に無力化してるわけじゃないすか。つまりクズなのは親とか育ちとかじゃなくて俺のパーソナルな部分の問題なわけっすよ。「お前がクズ」って部分をあえて反論しようと思わない。頑張って見返してやるとも思わなかった。「この先一生ニートでもいいからこんな会社辞めたい」という感情しか持てなかった。 

 

 家族からしたら俺のようなニートかなりお荷物なんだろうな。親も還暦近いし職場じゃそこそこベテランで通ってるだろうに同僚とか友達に「長男がニートで引きこもっててゲームキューブピクミンばっかやってて…」「この前出したエントリーシートが落ちてガチ泣きしてて…」とか言いにくいと思う。その点「姉は国公立大学で…」「出張で海外飛び回ってて…」て超言いやすいじゃん。はあ。姉からしても、付き合ってる人と結婚しそうになって家族ぐるみの交流が発生した場合「え?君の弟ニートなの?」「クローズアップ現代でよく特集されるあのニート?」「我が~家は格式高い血筋ゆえ斯様な殻潰しのおる家などもってのほか」って破談になる可能性がある。そうはならなくとも姉も家に彼氏つれてきて紹介したいけど俺がいるから安心して呼べないんじゃないか。姉の婚期を遅らせてるのは俺なのかもしれない。

 

 恋愛という人間関係のガチンコファイトクラブでも、前の彼女に迷惑かけたし。「貴方と付き合っていた時間全てが無駄だった」って言われるか?普通。あれから半年以上経ったのかと思うと、胸が痛い。あの人は無事に公務員の彼氏を見つけて幸せな家庭を作っているのだろうか。人と付き合って別れるといつも死ぬ寸前くらいまで落ち込むから、生まれつき精神構造がそういうことに向いてないのかもしれない。向いてるか向いてないかとかの前にニートなので誰も相手にされてないのだけど。友達とか親とか姉とか前の恋人とか周りにいる人はみんなまともでちゃんとしてるのになんでこんな感じになってしまうんだろう。

 

 どこにいたって「どこにも居場所ない」と思ってしまう。しょうもない性格。それが暇つぶしにいっちょやってみっかとこのブログを始めてみて、面白い文章を書くのも大変だなと思ってしまう今日この頃。最初のほうは普通に自分の身に起きた嫌な出来事をただひたすらガーって勢いに任せて書いてるだけで、文章がどうとか気にしてなかったけど。読んでもらえたり反響があったりすると、ものすごく嬉しくて「世界から認められた」気がした。生まれてから初めて面白いって言われたし。中二の夏休みの読書感想文で死ぬほど国語の先生にバカにされて以来、自分の文章力に自信がなかったけど(今もだが)読んでもらえて自分の承認欲求を司る脳みそにドーパミンがどくどく分泌されるのがわかった。その読まれたさが高じて書かなくていいようなこともたくさん書いた気がする。でも、ブログも難しい。毎日書きたくなるようなことがあるでもないし、俺が表現したくても手の届かない領域があるんだなと。映画の感想とかその最たるもので、自分は映像表現から何か深いところをくみ取ったり分かりやすく言語化したりするの超苦手のようです。面白い映画を見て面白い感想を言える人にあこがれるけど俺は空洞。「服の色が~のメタファーで」「天気が心情描写を」「カットの仕方が~」とかそういう難しいことも全然気づけない。グザヴィエ・ドラン監督の「トム・アット・ザ・ファーム」っていう映画見た時「よく分からないけどなんか怖面白かったなー」っていう小学生並みの感想しか出てこなかったけど、ある映画のブログで「画面のアスペクト比が変わる瞬間」と「登場人物が着てる服に描かれているもの」と「エンディングテーマの歌詞」に注目すると映画のテーマがなんなのか一目瞭然だ、みたいなこと書いてあって驚いた。「画面の比率変わったなんてわかるわけねー」「服の柄やエンディングテーマなんていちいち気にしねー」と思ったけど、それを念頭に2回目見た時、ほんとにテーマが一目瞭然なんですよ。たしかに画面の比率変わってるな、とか服の柄は~のメタファーなんだなと気づけた。その時から「俺は映画見てるようでなにも見てないんだな」と実感して、自分のあっさい感想なんてあてにならないなと思ったわけなのですよ。リンチの「マルホランド・ドライブ」とかお手上げっす。騙される系の映画には必ず騙されるし、2度見ないと分からない系の映画は5回見ないと分からない。バカ?そういえば「インセプション」も全然分からなかった。

 

 

 ブログを承認欲求のために描き続けるのは無理がある。アクセス数とか気にせずのんびり書けたらいいんでしょうけど自分信じられないくらいの人の目を気にしいなのでそれにやる気を左右されすぎる。それともう自分の中にある面白みがなんもなくなってスカスカになってしまった感じがします。(最初からそんなものはなかったって?)4千字程度の記事を十数回書いた程度でもう話したい事が尽きるってどうなのって気がするけどしょうがない。この前書くのがなくて困ったときにTwitterでブログのお題いただいてて「流水大説九十九十九を語ってほしい」と言われて早速清涼院流水先生のJDCシリーズ全巻買ってきたんですけど、『コズミック』『ジョーカー』『カーニバル・イブ』『カーニバル』まではなんとか食らいついたけど『カーニバル・デイ』っていうミステリ小説型レンガに屈しました。あれは人類の読むものじゃないと思う。たぶん、このブログで書いても面白くできそうにないし恐れ多い。俺が感性が凡人すぎて流水先生の高みまでどうしてもたどり着けないというか。買って3ヶ月も経ってるのにまだ四分の一くらいしか読んでないので、読み終わるのいつになるか分かりません。それに加えて本読むのめんどくさい期に突入しました。これも時間が経てばいつか自然に抜け出せるはずですが、根本的に「俺が書きたいブログ」と「読者の読みたいブログ」はかけ離れているんだなと思いました。とりあえず「カーニバル・デイ」を読み終わったらブログを書くので、それまでしばらく更新をお休みしようと思います。いままでこのアホみたいな文章を読んでくださった方ありがとうございます。

 

 ……何かを終わらせるのに理由ってそんなに必要?

生きることには理由なんていらないのにね。

嫌なこととか辛いこともあるけど、

でもそれで絶望したわけじゃない

絶望なんてそんなの始めっからしてたもん

『The Dog Race』「リリカチュア」 青山景

 

 

THE DOG RACE ~青山景初期作品集~ (IKKI COMIX)

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