コンテンツ化された苦悩

憎み憎まれて生きるのさ

23歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

今さら「シェイプ・オブ・ウォーター」の感想など

 お金のないニートなのでファーストデイ割引がすごくありがたい。3月1日に「シェイプ・オブ・ウォーター」を見に行った。半魚人とその研究施設の掃除をしている女性のラブストーリーで、監督はギレルモ・デル・トロ

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2017年8月に第74回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門で上映されて金獅子賞を受賞し、第42回トロント国際映画祭英語版で上映される北アメリカで2017年12月8日に一般公開の予定である。暴力描写や自慰行為の描写があるため日本国内では、東京国際映画祭で公開されたオリジナルバージョンはR18+指定で公開され、2018年3月1日に公開されるものは1か所をぼかし処理したR15+指定バージョンのものである第90回アカデミー賞では作品賞など4部門を受賞し、第75回ゴールデングローブ賞でも2部門を受賞した。 

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  この監督の作品で見たことがあるの「ヘルボーイ」の一作目と「パシフィック・リム」と「パンズ・ラビリンス」くらい。あと監督じゃなくて制作総指揮のやつだけど「永遠のこどもたち」も見た。アメコミとか巨大ロボットとか残酷ファンタジーもホラーも撮るし、さぞマニアックな人なんだろうね、というふうな印象を持っている。「パンズ・ラビリンス」はけっこう怖面白かった、ペイルマンとかファンタジー要素も怖いけど現実世界の軍人が一番怖かった。頬っぺたざっくりやられて縫うシーンとかあって嫌だった。「ヘルボーイ」にもエイブ・サピエンていう半魚人キャラがいてこいつは中々カッコいいキャラだったような…でも続編追うほどハマりはしなかった。

 

 「シェイプ・オブ・ウォーター」は見る前から賞いっぱい取ってるのを知っていて、どうやらスンゲェ映画らしいという期待値バリ上げ状態だった。3月1日に「リバーズ・エッジ」と「シェイプ・オブ・ウォーター」どっちを見ようか迷ってたけど、「色んな賞とってるし」「劇場公開初日だし」という安易な理由から「シェイプ・オブ・ウォーター」を選んだ。R-15だったせいか公開初日なのにスクリーンが小さくて、すこし残念だった。

 

 で、観終わってもう一週間近く経って、昨日Twitter見たら「シェイプ・オブ・ウォーター」がアカデミー賞の作品賞含む四部門受賞ってのを知って「おお!」という気持ちになっていまブログを書いている。監督賞と作品賞ダブル受賞ってすごくないですか。直近だと「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」が取っているみたい。これも名作。

 

 なんで観終わってすぐにブログを書かなかったのかというと、個人的にはあまり面白くなかったから。つまらなくはなかったけど、「もう一回見たい」とか「感動した」とかそういう気持ちが一切湧いてこない系ムービーだった。見る前に期待値を上げすぎたのが良くなかったのかもしれない。どこのサイトでも「デル・トロ版「美女と野獣」だ!」みたいに熱っぽくみんなが褒めてるのも、観終わったあとだと祭りにのりきれないようで寂しい気持ちになってしまう。

 

 とにかく半魚人のヴィジュアルが怖すぎる。人間性を疑われるからあまり言いたくないけど全然助けてあげたいと思わなかった。たしかに「美女と野獣」のラストは「ありのままでいいとか言っといて結局最後はイケメンになるんかい」と思う。基本的には「外見よりハート」をモットーに掲げているこの俺でさえ「ちょっと無理だ」てなった。俺の中で「外見よりハート」が適応されるのは哺乳類までなんだなあと感じた。そりゃこっそりと暮らしている半魚人さんをアマゾンの奥地からはるばる誘拐してやれ実験やら解剖だなんだはぜんぶ人間側の都合だけどさ。人間て基本そういうもんでしょ。「彼を助けなきゃ私たち人間じゃないわ」という台詞があったけど、俺はどうやら人間じゃない。多分あの世界にいたら積極的に石とか投げるわ。あの異形の姿に美しさを感じたり慈しんだりする心も人間的だと思うけど、一方で人間に近いゆえの嫌悪感や不気味さを感じて迫害したりすることだって当たり前の感情のような気がしてしまう。

 

 半魚人と性行為するか、半魚人を殺して解剖するかだったらどう考えても前者のがいかれてると思ってしまってそこにひっかかって最後までいまいち盛り上がれず...。でも、この映画から恋愛要素を引いたら「E.T.」の焼き直しみたいな薄味になると思うし、難しい。(ちなみに「E.T.」もE.T.の見た目がキモ過ぎてあまり好きな映画ではない)

 

 半魚人のことを「醜いモンスター」としか認識できなかったから、登場人物の中なら半魚人めっちゃ殺したがるストリックランドのほうが感情移入できたかな。あとホフステトラー博士とジャイルズも好き。性愛の対象として見てるイライザはもうぶっ飛びすぎててついていけない。半魚人でさえ彼女いるのになんで俺にはいないんですか。あの映画見て「ロマンチックね」とかいえるならコミュ障ニートでもいいだろ。ダメか。

 

 舞台はアメリカだけどレトロな美術がどことなく「アメリ」を思い出した。あとなんとなく「ダンサー・イン・ザ・ダーク」も。障がいを持ってる女性の生活とか日々の薄暗い感じが似てるかも。ストリックランドの聖書のエピソードを引用しながら脅迫する感じもタランティーノの「パルプ・フィクション」っぽいなあ。こういう自分の見てきた映画から似たモチーフをあれこれ探してしまう。昔っぽいミュージカルとかタップダンスも「ラ・ラ・ランド」でそういうのやってたよねって感じだった。

 

 でも、「シェイプ・オブ・ウォーター」のストーリーのもとは監督が6歳のときから温めていた案らしいので、多分やりたいこと全部詰め込んだら自然とこうなったんだろう。キャスティングとかに文句つけられるのが嫌だったから、製作費の一部を自分で負担したとも言っていたからそれだけ思い入れの強いテーマなんだね、きっと。ただ、六歳のころから半魚人と人間の恋愛を妄想するデル・トロ監督もちょっと頭おかしいと思う。

 

 映画のラストは、イライザにエラが生えてふたりで一緒に暮らしましたとさ的な着地迎えるけども、友達より同僚より半魚人と一緒になっちゃうのもったいなくない?て思ってしまった。あのまま水の中で暮らしてたら主食が虫とか生魚になるじゃないすか。映画も観れないしゆで卵だって二度と食べられなくなるのに、「愛さえあれば幸せ」なのか。本当にそうなのか。

 

 シーン単位で面白いところは結構あった。

 最初の方のイライザのゆで卵と自慰と仕事中心の生活がテンポよく切り替わっていくところ。ホフステトラー博士が国を裏切って半魚人逃がそうとするところ。流ちょうなセールストークに乗せられて車を買わされるところ。ジャイルズがカフェの店員に露骨に同性愛差別されるところ。ゼルダの旦那さんがイライザのことストリックランドに告げ口しちゃうところ。

 

 映画全体を通して「喋れること」と「喋れないこと」について考えさせられた。

イライザも半魚人も声を発することができない。

イライザのアパートの同居人であるジャイルズも意中の人に同性愛者だってことを打ち明けられず悶々としている。

ホフステトラー博士もスパイとして祖国の命令に従うために本当の自分の気持ちを押し殺している。

イライザの同僚の黒人女性ゼルダもストリックランドとの会話シーンを見るに人種差別されていてその発言が軽んじられている。

 

 生まれつき喋れなかったり、喋る内容を不当に押さえつけられたりする人たちが、一致団結して流れに反発するお話し。その中心にあるのが半魚人と人間の言葉を超えた恋愛なのであるよまったく。だから悪役は人種差別主義の動物虐待セクハラ親父ってことなのだけれど、そういうのも昨今の世界情勢を皮肉ってる向きがあるかもしれん。でも押さえつける側であるストリックランド自身も家族含む他人の言葉に心底うんざりしていて、それゆえに喋れないイライザに興味を持っていて…て感じなのかなあ。

 

デル・トロの映画で描かれる、現実に満足していないマイノリティたちは、“夢”を必要としている。イライザが観ている古い映画や、『パンズ・ラビリンス』の少女オフェリアが抗いようもなく惹かれている妖精の世界や、おとぎ話の“夢”が必要なのだ。それは、デル・トロ自身が子供の頃から必要としていたに違いない“夢”と同じなのだろう。メキシコで生まれ育ち、当時は“オタク”というマイノリティーだった彼は、幼い頃から映画や怪獣やモンスターといった異形のものに惹かれていた。そして、その異形の存在に救われてきた。映画人として国外に活躍の場を移しても、メキシコ人であることで差別を受けてきた。彼自身が、イライザであり、オフェリアなのだ。

(小島 秀夫)

 

 アカデミー賞取ったんでまだ見てない人はぜひ。

あ、そういえばこのブログめっちゃネタバレしてますね。もし見てない人いたら申し訳ないけれど。今さら過ぎる。

 

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