コンテンツ化された苦悩

憎み憎まれて生きるのさ

23歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

元カノぼくが長期ニートしてたらどんな顔するだろう

  それならば、生存の孤独とか、我々のふるさとというものは、このようにむごたらしく、救いのないものでありましょうか。私は、いかにも、そのように、むごたらしく、救いのないものだと思います。この暗黒の孤独には、どうしても救いがない。我々の現身は、道に迷えば、救いの家を予期して歩くことができる。けれども、この孤独は、いつも曠野を迷うだけで、救いの家を予期すらもできない。そうして、最後に、むごたらしいこと、救いがないということ、それだけが、唯一の救いなのであります。モラルがないということ自体がモラルであると同じように、救いがないということ自体が救いであります。

文学のふるさと坂口安吾

 

 先日、23歳の誕生日を迎えた。と同時に青春が死んだ。

 もう成人しているのに甘ったれたことを言うと、大人になった実感がこの23歳という年齢に達しても微塵も感じられない。サラリーマンやっていた3ヶ月足らずもまるで何かの悪い夢のようであった。去年の6月に辞めてもう8ヶ月か。そりゃ忘れるよな。大人と子どもをどこで線引きするか、という境目は人それぞれだと思いますが、22歳から23歳になるのは俺にとって単純にひとつ歳をとっただけでなくて、大きな意味を持って迫ってくる。それは、「22歳まではなんとなく大学生ノリが許容される」という勝手な思い込みによるもので、大学四年生に迎えた22歳の青春の魔法が終わりをつげてしまったようなその悲しみに打ちひしがれて家でふるえています。勝手にふるえてろ

 

 誕生日の前の日、高校の時の友人と塚田農場で飲んだ。俺のほかに会社員と教員と院生の合計四人で。塚田農場は地鶏の炭焼きとかチキン南蛮がおいしいけどちょっと高い居酒屋さんで、大学生時代はあんまいったことなかったけど、社会人ふたりは「よし、塚田農場いくか」ってすんなり入っていて経済力の盤石さを見せつけられた気がした。いつも俺が行ってるのは鳥貴族とか一軒目酒場とか大学生が行ってるようなそんなところだったので、久しぶりの塚田農場はテンションが上がった。

 

 社会人なのに会社員と教員はわざわざ仕事終わりに俺の最寄りの駅まで来てくれた。「お前ニートなら交通費かかるのいやだろ」つって。女の子に会いに行くために往復5千円かけて静岡県いくようなニートなので、別に数百円程度は大丈夫だったけど、仕事終わりに家と逆方向の電車に乗って来てくれる友情にぶっちゃけ胸が熱くなった。こんな社会から全力でドロップアウトしたニートに会うためにわざわざ家と逆方向の電車に乗ってくれる人間なんて神かマザーテレサガンジーかって話。最高のホーミーに感謝。

 

 教員と会社員の二人が主に話すのは仕事の愚痴だった。新卒で入ってもう一年近く経ちちょっとずつ職場に馴染んでいて面白い上司の話や先輩の話を楽しげに語る。4月には後輩もできる。どうやらなんとか立派な社会人をやっているようだった。「おまえ最近なにやってんの」「家で本読んだり、漫画読んだり…」あゝなんだか俺ものすごくダメ人間みたいだ。まあ、ダメ人間なんだけどさ。院生はそろそろ就活が始まってめんどくさいというような話をしていた。理系の院生なので研究を活かした分野で働きたいといっていた。頑張ってほしいと思った。就活で大失敗した俺は就活のことなんて思い出すだけで心に深刻なダメージが残るね。特に協調性が終わっているのでグループディスカッションにメンタルをボコボコにされたの本当嫌だったな。負け犬の遠吠えかもしれないけど、俺はああいうところでテキパキ振る舞える人といっしょに働きたくないんだと思う。でも企業が欲しいのはそういう人材なんだろうな。

 

 みんな、いつの間にか「ちゃんとした大人」になっていた。

高校の時はあんなにバカなことしていたのに、どこでこんな社会性を身に着けたのだろう。摩訶不思議。高校のときイケてなくてあんま羽目外してなかった俺はなんで社会性を身に着けられなかったのだろう。彼らの「日々のめんどくささ」と戦っている強さが目をそむけたくなるくらいにまぶしかった。

 

なあ、お前と飲むときはいつも白木屋だな。一番最初、お前と飲んだときからそうだったよな。

俺が貧乏浪人生で、お前が月20万稼ぐフリーターだったとき、おごってもらったのが白木屋だったな。 「俺は、毎晩こういうところで飲み歩いてるぜ。金が余ってしょーがねーから」お前はそういって笑ってたっけな。

俺が大学出て入社して初任給22万だったとき、お前は月30万稼ぐんだって胸を張っていたよな。 「毎晩残業で休みもないけど、金がすごいんだ」「バイトの後輩どもにこうして奢ってやって、言うこと聞かせるんだ」 「社長の息子も、バイトまとめている俺に頭上がらないんだぜ」そういうことを目を輝かせて語っていたのも、白木屋だったな。

あれから十年たって今、こうして、たまにお前と飲むときもやっぱり白木屋だ。 ここ何年か、こういう安い居酒屋に行くのはお前と一緒のときだけだ。 別に安い店が悪いというわけじゃないが、ここの酒は色付の汚水みたいなもんだ。 油の悪い、不衛生な料理は、毒を食っているような気がしてならない。

なあ、別に女が居る店でなくたっていい。もう少し金を出せば、こんな残飯でなくって、 本物の酒と食べ物を出す店をいくらでも知っているはずの年齢じゃないのか、俺たちは?

でも、今のお前を見ると、お前がポケットから取り出すくしゃくしゃの千円札三枚を見ると、 俺はどうしても「もっといい店行こうぜ」って言えなくなるんだ。 お前が前のバイトクビになったの聞いたよ。お前が体壊したのも知ってたよ。

新しく入ったバイト先で、一回りも歳の違う、20代の若いフリーターの中に混じって、 使えない粗大ゴミ扱いされて、それでも必死に卑屈になってバイト続けているのもわかってる。

だけど、もういいだろ。十年前と同じ白木屋で、十年前と同じ、努力もしない夢を語らないでくれ。 そんなのは、隣の席で浮かれているガキどもだけに許されるなぐさめなんだよ。

 同級生たちに大きく引き離されていて、背中も見えないくらい置いていかれてしまったことをその飲み会で確認できた。もう白木屋のコピペを笑えない。というと劣等感爆発してるクソつまらない会みたいに思われるかもしれないけど、普通に楽しかった。塚田農場は名刺のようなポイントカードがあって通うとだんだんと昇進していくというシステムでなんかやっていて前行ったときに貰った塚田農場のカードは定期入れに入れっぱなしでぐちゃぐちゃになっていたけど、昇進すると昇進祝いにおつまみがもらえるらしいので、そのぐちゃぐちゃになったポイントカードを出した。課長になった。ニラと卵黄がトッピングされたピリ辛の冷ややっこのようなものをもらった。

 

 地元で飲む最大のメリットは、終電を気にしなくていいこと。そのことが嬉しくて調子にのってわけのわからない焼酎ばっか飲んでしまった。本当はあまり好きではないけど、焼酎が一番体に良いらしいので、なるべく焼酎を飲むようにしている。焼酎のせいで飲み会で何を話してたか全然覚えていない。「前会った時よりも痩せた」って言われた。うれしかったけど、「お金ないから食べ物あんま買えなくて」って言ったら「戦後かよ」とか言われた気がする。人と話すとき、結構緊張したりするほうだから、お酒飲んでどうでもいいことをベラベラ喋りたくなるようなあの感じが好き。

 

 飲み会が終わったのが日付をまたいで9分後くらいだったので、店を出て「俺実は今日で23歳になったんだ」と言ったら「オールしようぜ」ってなったけど、家の布団で寝たかったので3人を駅まで見送って電車で帰した。

 

 目黒シネマで正社員を募集してて、応募しようと思って履歴書を書いたけど、志望動機の作文を書けなくて結局断念した。「名画座で働けば映画いっぱい観れるかな」という浅くて薄っぺらい志望理由しか俺は持ち合わせていなかった。あと目黒シネマのTwitterアカウントが「応募者がたくさんいて、連絡にお時間いただいております」みたいなことつぶやいていて「そんなたくさんのひとからニートが選ばれるわけないな」と思ってしまったのもある。しばらくしたあとに目黒シネマのホームページを見たら正社員募集の告知がなくなっていて誰か受かったんだなあという気持ちになった。そんだけ。

 

俺のこういう非生産的生活はものすごく貴重な人生の一ページを無為に消費することで成立してる。受験生のとき塾の先生が「浪人すると人生で稼ぐ金の中から年収が一年分減る」みたいなことを言っていた。でも、ニート生活はお金で換算できない何かも確実に失われている気がしてならない。彼女にも愛想つかされたりだとか。

 

 彼女は別れ際に「お前は一生バイトしてろ」みたいに言っていて、そんなん言われたら「じゃ逆にニートやってやるよ」みたいな対抗心でここまでズルズル生きてきたけど、どうなんだ。そろそろスラムダンクの三井ばりにカムバックかますべきなのかもしれない。

 

 いろいろやらなくてはいけないこともある。ブログにあんま書いてないけど、公務員の専門学校に通っている。あまり勉強していない。仕事やめたあとに再就職したくなさ過ぎて彼女に倣って軽い気持ちで入ったから、フラれた瞬間にモチベーションが地に落ちた。こればかりは本当に自分でもクズだと思う。親にも申し訳が立たん。

 

「アリとキリギリス」でいうなら完全なるキリギリス側の人間。未来のことなんてどうでもいいと思って刹那的に生きていたらこういう状況。23歳になったら急に気持ちが落ち込んでしまった。こんなネガティブなことをブログにメソメソ書いている時点でダメなんでしょうけど。

僕が早熟を装って見せたら、人々は僕を、早熟だとうわさした。僕が、なまけものの振りをして見せたら、人々は僕を、なまけものだと噂した。僕が小説を書けない振りをしたら、人々は僕を、書けないのだと噂した。僕が嘘つきの振りをしたら、人々は僕を、嘘つきだと噂した。僕が金持ちの振りをしたら、人々は僕を、金持ちだと噂した。僕が冷淡を装って見せたら、人々は僕を、冷淡なやつだと噂した。けれども、僕が本当に苦しくて、思わずうめいた時、人々は僕を、苦しい振りを装っていると噂した。

 どうも、くいちがう。

『斜陽』 太宰治
 

 

 

イソップえほん (10) アリとキリギリス

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