コンテンツ化された苦悩

憎み憎まれて生きるのさ

23歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

ニートが女の子に会いに静岡に行った話

「影と『ドッペルゲンゲル』。私はこの二つに、月夜になれば憑かれるんですよ。この世のものでないというような、そんなものを見たときの感じ。――その感じになじんでいると、現実の世界が全く身に合わなく思われて来るのです。だから昼間は阿片喫煙者のように倦怠けんたいです」

 

Kの昇天――或はKの溺死』  梶井基次郎

 

 冬の魔物にすべての生きる力を奪われたせいで布団に閉じ込められてしまってこの2週間くらいひたすら寝て過ごした。雪が降ったりしていたような気がする。雪が降っているのをぼんやりと自分の部屋の窓から眺めていたはずなのに、その記憶すらもおぼろげではっきりしない。ひたすらに寒くて眠くて活動する気になれなかった。最近の生活は夢を見ている時みたいな時間がゆっくり流れてるんだか早く流れてるんだかよくわからないようなそんな感じでこれは、寒さから逃れるための逃避として常人とはかけ離れた集中力をもってひたすら睡眠に没頭したために脳の時間感覚を司る部位になんらかの支障がおきたのだと考えられる。俺は冬生まれなのに何でこんなに寒さに弱いんだろうか。そういえばもうすぐ誕生日がやってきてついに23歳になってしまう。ニートのまま23歳を迎えるとは思わなかった。子どものころに思い描いていた23歳はこんなじゃなかった。こんなダメ人間になるはずじゃなかった。冷蔵庫に入ってる萩の月を勝手に食べて怒られるような大人になるなんて。

 

 起きている間は、本を読んだりする気にもなれず、というより指一本動かすことさえ億劫だったのでずっとYoutubeをみていた。一日に30時間くらい見ていたせいで目がつぶれた。見ていたのはフリースタイルのバトルで、これは近年のラップブームに浅く乗っかってみようというミーハー根性のたまもので、ひたすらバトルの名勝負、名パンチラインのダイジェスト動画を視聴しまくっていた。面白いなあ。韻を踏むとか、リズムに乗るって人間の原始的な部分の気持ちよさを刺激するエンターテインメントだと思う。あとドラマ的っていうかキャラとキャラのぶつかり合いだとか、因縁とか下剋上とか敵討ちとかリベンジマッチとかそういう物語っぽい要素がぎっちり詰まってるので、笑えるし、泣けるし、熱くなれる。目の前で相手のことをディスるっていう行為の清々しさ。このSNS全盛の時代だからこそあこがれてしまう。単なる悪口の応酬がだんだん熱を帯びて会場をぐわっと盛り上げていく瞬間のカタルシスですよ。本当に勢いのあるラッパーが放つ渾身のパンチラインて動画越しでも分かるくらい場の空気を変えてて総毛立つほどシビれる。その空気が変わる一瞬を求めて布団の中でスマホ握ってラップバトル見続けてひたすらノッていた。そんな痛快エブリデイ。

 

 それと並行してtinderの女の子にはドタキャンされ続けていた。あまりにもひどいドタキャンのされ方に打ちのめされて人間不信になるかと思った。「私はあなたみたいなその辺のやつと違うから」とか言われて待ち合わせすっぽかされたりした。今思い出してもこの言い草には納得がいかない。そこまでかわいくなかったのに。ドタキャンに次ぐドタキャン。ドタキャンラッシュアワー。ドタキャンブーム。ドタキャンキャリーオーバー。あまりの断られっぷりにキレかかってる時に1人の女の子と出会う。

 

 静岡に住んでる女子大生なので、ここではお茶子と呼びます。お茶子さん、話した感じだとかなりtinderで遊んでる人らしくて、セフレが何人もいるそう。うわービッチだなあと思いつつ仲良くなるにつれて実はかなりの映画好きであることが判明して、俺のテンションが上がる。映画のこと話す時だけしかイキイキできないタイプの根暗なので、女の子が映画好きだとつい早口になっちゃうのです。で、LINE交換して色々話してるうちに、お茶子がなんかエロい写真とか急に送ってくるようになってちょっとビビる。セフレのために撮りためてたエロい写真が大量にあると言っていた。もうその時点で計り知れないポテンシャルを感じてしまった。世の女子大生はセフレのために自分のエロい自撮りを用意するのか。そんなけしからんことをやってないで勉強せい、と思ったけどありがたく頂戴した。

 

 そのあと色々会話しているうちに、直球の下ネタで申し訳ないんですけど、お茶子が「お前のジョニーが見たいから撮って送れ」とか言ってきて、これにはさすがにどうしようかと思って、確かにエロい写真を一方的にもらってる立場としては嫌だと言いづらいじゃないですか。で、「女の子が男のジョニー見たってしょうがないでしょう」「いや女の子もそういうの見たいから」という問答が延々と続き、執拗にジョニーの写真を要求してきたこの時点で、お茶子は美人局、或いはゲイのネカマなのではないかという疑惑が持ち上がる。でも、心のどこかでは純粋にジョニーを見たがってるエロい女子大生なのではないかという可能性も捨てきれずにいた。

私ははっとした。もしかしたら、何もかもオーギーのでっち上げじゃないだろうか? おい、僕をかついでいるのか、そう問いつめてみようかとも思ったが、やめにした。どうせまともな答えが返ってくるはずはない。まんまと罠にはまった私が、彼の話を信じた──大切なのはそのことだけだ。誰か一人でも信じる人間がいるかぎり、本当でない物語などありはしないのだ。

『オーギー・レンののクリスマス・ストーリー』  ポール・オースター

 結局、俺が押し負けた形で自分のジョニーを撮って送ることになるんですけど、世界一醜悪なセルフポートレートと言っても過言ではなかった。撮ってる間も「自分はいったい何をやっているんだろう」という問いが頭をよぎりそのまま虚無へ引きずり込まれそうになって危なかった。でも一応、構図とかライティングに気をつけて撮影した。謎のこだわり。いくら頼まれたからと言って会ったこともない人に自分のジョニーの写真を送るってその時点で犯罪になるんじゃないか。AV女優がTwitterで「知らん人からDMでジョニーの写真が送られてくる」なんて言ってたけど、送る人もわざわざこんな自らが虚無に引きずりこまれかねないことをよく自主的にしようと思えるな、と怖くなった。あと、もし本当に悪用されたら社会的に死ぬなという感じがあった。リベンジポルノ問題は国が総力を挙げて早急に対策に乗り出すべきだと強く思った。

 

 ジョニーの写真をお茶子に送ったら「ありがとう」とのメッセージが来たので「どういたしまして」と返信した。特にその写真についてはそのあと何も言われなくてちょっと切なかった。いや別に感想を聞きたかったわけじゃないですけど。

 

 そんなこんなやっているうちに「静岡こない?」と誘われて二つ返事で「行く」と言ってしまった。お茶子は一人暮らしなのでその家に俺を呼ぶということはそういうことなんだろうと思った。軽く「行く」と言ったが、俺の家は静岡行くのに電車で3時間くらいかかるほど遠い。急にニートが平日に外泊すると親が怪しむだろうと思って「高校の時の友達の家でスプラトゥーンやってくるから」という微妙な嘘をついて家を出た。そもそも1人で鈍行で県外に行くの初めての経験だったので結構ワクワクしていた。お茶子のバイト終わりが夜の10時くらいらしいので6時くらいに東海道線に乗り込んだ。

 

 夜の東海道線は最初はやや混んでいたが、だんだんと下っていくうちに人が減っていって、どことなく『千と千尋の神隠し』や『秒速5センチメートル』の電車のシーンみたいになった。神奈川の端っこにさしかかったあたりから外が真っ暗になって、闇の中を突き進む銀河鉄道に乗っているようなそんな気持ちになった。ニートがこんな夜に自分の住んでる家から遠く離れる電車に乗っている非日常に胸が高鳴ったけど、そういう気分も長くは続かず、ちょっと眠ろうと目を閉じたが東海道線のリクライニングが直角すぎてうまく寝れなかった。一時間半くらいして熱海で一回乗り換えることになって、乗り換えたけど露骨に車内広告が減って「田舎の電車だな」と感じた。さっきまで乗っていた東海道線より明らかに寒かった。隙間風がどこからか車内に吹き付けていて勘弁してほしかった。乗り換えてからまた一時間半くらいかかるので、暇つぶしにお茶子に貸すために持ってきた『ヒミズ』を読むことにした。それまでギャグ漫画を描き続けていた古谷実が初めてシリアスなストーリーに挑んだ傑作漫画で園子温が監督して映画にもなった。お茶子はこの映画版が好きらしい。俺はどちらかというと原作の方が好みだったので、久々に読み返すとあまりの面白さにのめりこんでしまった。ちょっとギャグが残っている1巻から2巻の中盤にかけての展開の落差が凄まじすぎていつ読んでもズシっと心に残る。なんとも言えない負のパワーを強烈に感じる。3巻から4巻はそこまで物語が大きく動くわけじゃないんだけど静かな絶望が感じられて良い。主人公の住田君は「普通になりたい」と常に願っている中学生で、親に捨てられたりヤクザに暴力を振るわれたりしているうちについに人生におけるジョーカーを使ってしまうんだけど、その使い方があまりにも悲しい。最後の終わり方なんてあまりにも暗すぎて映画版だと真逆に改変されてるくらいだった。あと映画版だと住田と同じ歳で漫画家目指しているきいちの存在が省略されてたような。あれも住田の境遇と対比させるポジションとして重要だったと思うので、「省略すな」と思った。きいちが漫画賞取ったあとに住田に報告するシーンが一番好き。その時の住田がものすごく痛々しいけど気高くて、かっこいいんです。

 

 一時間半くらいヒミズを読みながらダラダラと電車に乗っていたらお茶子の住む駅に着いた。駅員や降りる客も誰もいなくて、オカルト板によくある存在しないはずの駅にたどりついてしまったのではないかと心配になった。あと、静岡県って尋常じゃなく寒い。これでもしお茶子にドタキャンされていたら、確実に死ぬと思った。駅の周りにも何にもなくて、見渡す限り真っ暗だった。え?まだ夜の10時だよね。なんでこんな静かなの?怖い怖い怖い。携帯も寒すぎてバッテリーがぐんぐん減っていく。予備の携帯充電器も忘れてしまったのでここで電源落ちたら連絡取れなくなって大変だぞって思っていたけど待ち合わせ時間の10分後くらいにお茶子がやってきて、ほっとした。

 

 そのあとは家に泊めてもらって色々あったんですけど、それを書くにはあまりにも余白が狭いので省略いたします。次の日に「炭焼きレストランさわやか」っていうハンバーグ屋さんに連れてってもらったけど中が生焼けでびっくりした。

 

 

新装版 ヒミズ 上 (KCデラックス ヤングマガジン)

新装版 ヒミズ 上 (KCデラックス ヤングマガジン)

 
新装版 ヒミズ 下 (KCデラックス ヤングマガジン)

新装版 ヒミズ 下 (KCデラックス ヤングマガジン)