コンテンツ化された苦悩

憎み憎まれて生きるのさ

23歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

ニートが女の子に断られた話と清涼院流水『ジョーカー』

 人は裸で 生まれた時は 誰も愛され 同じはずが
どうしてなんだ 生きていくうちに 運命は別れ むごいくらいだ

人の目見たり 見れなかったり 恋を知ったり 知れなかったり
それなら僕は いっそなりたい 死ぬまでベイビー 赤ちゃん人間

 

思うだけなら 王様なのに 見つめていれば 恋人なのに

どうしてなのだ 現実なんだ 真実さえ 必要なのか

笑いさざめく ふりしてみても 無理があるねと 言われた日には
僕はなるのさ それしかないぜ 死ぬまでベイビー 赤ちゃん人間

 

「踊る赤ちゃん人間」 筋肉少女帯

 

 前に知り合った女の子(フタコ)とは、ラブホテルに1泊したけど、お互いお酒で気分悪かったので何をするでもなく解散して、その後も連絡を取り続けているうちに、なんともう1回ラブホテルに行くことになった。信じられない。自分でもこんなスムーズに約束を取り付けられるとは思わなかった。もちろん今度は懇ろになるためにホテルへと行くのだ。何もできなかった前回とは違う。女っ気のまったくないニートだったのでホテル行けるなんて超嬉しい。tinder、ありがとう。フタコ自分で言うには性欲がかなり強い方らしい。最高かよ。「下着何色の着てってほしい?」「3回しようね」「ちゃんとその日まで我慢しといてね」なんてLINEがきた日には、ニート頑張っちゃうよね。緩みきった下半身の筋力を鍛えるためにすぐさま毎日スクワット100回を己に課し、それと同時に自己処理を封印、さらに亜鉛とマカのサプリメントを摂取してその日に備えることとなった。

 

   ラブホテルの下調べをしているとき、「いよいよ俺に運が向いてきたのだな」という確信が持てた。これは俗に言うモテ期というやつなんじゃないか。どうせならラブホテルは少しでもおしゃれなところがいいと考え、人生でこれ以上ないくらい真剣に調べた。卒論より真面目に資料集めたと思う。毎日飲んでいる亜鉛とマカは効果があるんだか、ないんだかよく分からない。飲まないよりは、飲んだ方がいいのだろうか。お風呂上がりに無印良品の化粧水(さっぱりタイプ)でちゃんと保湿をするようになった。荒れ放題だった唇をリップクリームで潤した。彼女にフラれてから、ストレスでささくれだらけになってしまった両手の親指もなんとか治した。「女の子はチョコを食べるとエロい気分になる」という都市伝説を信じて、ちゃんと美味しそうなチョコレートも買った。爪も念入りにきった。決戦はまもなくだった。連日のスクワットで太ももからお尻にかけてがキュッと引き締まった気がする。「いよいよだな」と太ももに話しかけた。「ああ、いよいよだな」と数日前より少したくましくなった太ももが答えた。

 

 待ちに待った当日の朝を迎え、待ち合わせ場所に向かう俺の心の中ではもう祝福の天使が舞い降り、ラッパをふき鳴らしていた。ハレルゥヤ!待ち合わせ場所は駅前のドトールだ。フタコはすでに待っていた。「お待たせ。寒いね」「うん、そうだね」「じゃ行こっか」「うん」と言って2人は歩き出した…と思いきやフタコがいきなり「ちょっとコーヒーでも飲んでかない?」と言った。確かにいきなりホテル行くのもあれだなと思い、ドトールに入って一杯だけコーヒーを飲むことになった。俺はブレンドのSを飲んだ。フタコはキャラメルラテ?なんか知らんけど甘そうなのを飲んでいた。2人でコーヒーを飲みながら話をした。俺は地元のスーパー銭湯でゲイに話しかけられて困った時の話をした。フタコは今度tinderで会うことになった女の子がレズかもしれなくて怖いという話をした。何やかや話もひと段落しお互いコーヒーも飲み終わり「じゃ行きますか」感が出たその瞬間、フタコが口を重々しく口を開いて言った。「ごめん、やっぱ今日きみとはそういうことできない」

 

 ええ…と思ったけど、どうやら話を聞くと「きみはもっと真面目な人だと思うから、こういう都合の良い関係はやめた方が良い」とのことだった。どっかで聞いたような台詞。『好き好き大好き超愛してる』の人にもそういうことを言われたような。俺が真面目?ニートなのに。ここで取り乱すのもかっこ悪いと思ったが、露骨に取り乱した。おいおい、と。こっちはホテル行く予定が決まった日から毎日スクワット100回してんだよ、と。そもそも俺が誘った時にノリノリでOKしたじゃないのと。君も「ホテルでたくさんしたいから自己処理しないで」とか言ったじゃないの。真面目に守った俺がうすら馬鹿のようだ。ホテルの予定が流れただけかと思いきやなんとそのドトールで解散することになった。今日の夜帰らないって言って家出たのに俺はどうすりゃいいんですか。もっと前に言ってくれれば1人で名画座行けたのに。言いたいことは色々あったけどとりあえず「ええ〜そりゃないよ〜」としか言えなかった。そう言うしかなくないか。

 

 ドトール出て駅で別れて、その後、フタコには世界で1番みじめで未練たらしいお別れのLINEを送り、もう一度別のドトールに入り直して今この文章を書いておるわけなのですが、人生ってやるせないな。昨日の夜は、クリスマスイブの夜の幼稚園児並みにドキドキして寝床に入ったのに、それが今日こんなに落ち込んでいる。本来の予定ならホテル今ごろあんなことやこんなことしていたはずなのに、なんで俺はドトールでブログを書いているんだろう。分からない。この数日間で得たもの、それは顔面や唇の潤い、ささくれのない指先、少しだけ引き締まった太もも、自己処理を封じたことによる行き場のないエネルギー、女の子への希望(後の絶望) 断られたことにはがっかりしたけど有意義だったことも多い。それにしてもこの一連のドタバタに、人生がダメになる大いなる予感を感じる。俺が女の子とホテル行けるなんて夢のまた夢だったのだ。俺をブログの執筆へと駆り立てるのはこういったマイナスのエネルギーが胸の中いっぱいに満たされたときなのだと気がついた。それは今日のように、女の子から性行為を急に断られたりした時だったり、あるいは清涼院流水の小説を読み終えた時だったりする。絶大な期待からしょうもない結末へといたる肩透かし感、胸の中でうずまくやるせなさ、思わせぶりな態度(文章)に対するどうにもならない憤り。そう、女の子にフラれるのと清涼院流水の小説の読後感は似ている!

 

  最近、読み終えたのは『コズミック』の後に書かれた『ジョーカー』という作品であります。コズミックが1200個の密室という大風呂敷を広げたのに対して、幻影城という舞台で繰り広げられるミステリ作家連続殺人事件を描いてるのでややスケールで見劣りしてしまう。事件は、「推理構成要素三十項」というものを制覇するためという目的が一応あって「推理小説構成要素三十項」というのは「ノックスの十戒」や「ヴァン・ダインの二十則」を踏まえて作中の小説家・濁暑院留水によって考案されたものだ。もともとこれは、ミステリの総決算のような作品を書くために登場したのだけど、作中の現実の事件がこの「推理構成要素三十項」に則って実現することで、ますます虚構内現実と虚構内虚構がごっちゃになるという効果がある。(作中人物も「この現実が小説なのではないか」ということをいちいち思い悩んだりする)そして事件が成就した際に、濁暑院留水の記録した作中の幻影城連続殺人事件のノンフィクション自体が、「ミステリの総決算」としてありとあらゆる要素を備えたミステリとなるわけなのだ。で、そうなると1番怪しいのはそれを考案した濁暑院留水なんじゃないのってなるが、このミステリの構成要素には「意外な犯人」という項目もあるので、怪しすぎるのは逆に怪しくない、ということになる。どういうこっちゃ。この連続殺人事件自体にも四大奇書黒死館殺人事件』・『ドグラ・マグラ』・『虚無への供物』・匣の中の失楽)の見立てが隠されていて…とかそんな感じ。いやあのこれだけは言わせてくれ、盛りすぎてわけわかんないことになってんよ流水先生。サイゼリヤのドリンクバーで全部混ぜて遊ぶタイプでしょあなた。

 

  JDCの探偵があまりにも役に立ってない。『コズミック』は密室の謎を解くことが解決に直結してるから良かったけど今回の『ジョーカー』は犯罪が最後まで完成してしまうので、後から「犯人はこいつです」って言われても手遅れ感がすごい。いやもうターゲットすべて殺されているからね。そもそもJDCの探偵たちも殺人事件を解き明かそうとして幻影城に来たはずなのにあっさり殺されたりしているし。もうちょっと頑張ってくれ。人が死んでいるのに推理対決なんて言ってる場合じゃないだろう。クイズじゃないんですよ。竜宮城之介。最初ちょっと頼もしかったのに後半情けなさすぎるんじゃ。暗号が得意なのに途中で諦めるんじゃないよ。霧華舞衣。お前はなんで第一班なんだ。螽斯太郎。何一つ解決に貢献していないだろ、探偵が殺人事件の最中に恋愛ごっこにうつつ抜かすな。九十九十九。さすがだな、けどもっと早く来い。毒で死んだ総代の息子。お前はただひたすら歩いてるだけか。切なすぎる。

 

 犯人が推理される度にどんでん返しに次ぐどんでん返しで変わり続けるので、ほぼ全員が犯人扱いされてるんじゃないか。そうなるともう意外性もヘチマもあったものではない。そして、1番最後のオチは何なんだという感じしかしない。根気強く読み続けた読者に喧嘩売ってんのか。『コズミック』には一応、めちゃくちゃにしても筋は通っていたけど、『ジョーカー』は犯人が型破りすぎる。俺のような初心者にとってミステリは動機が大事なんだよ動機が。コナン読んでても1番面白いのは犯人の動機が明かされるシーンだと思う派の俺にはあの投げやりな着地に納得できなかった。あと、犯人の残したサインを元に推理という構造自体が、「じゃあ犯人が最初からサイン残さなきゃJDCはお手上げなんじゃ」と思わせる。これは『コズミック』の時も思ったけど。前作の犯人にはJDCを謎に挑ませることに意味があったけど、今回はただ最初から最後まで芸術家のいいようにおちょくられ続けただけだったのでJDCがものすごくかっこ悪い団体みたいになってしまっている。あとこれは俺の勉強不足のせいだけれど、まだ四大奇書を一冊も読んでないので、「見立てが!」と言われても「ハア」ってなるだけだった。ミステリ読者なら読んでて当然みたいな前提で書かれていて恥ずかしかった。今度読みます。

 

 そもそも普通の感性をしていたら『コズミック』読んだら「次はもう良いかな」って気分になると思う。ならないほうがおかしい。俺だってブログで書くという目的なしに清涼院流水の本読みすすめる根性はない。デビュー作であれだけ破茶滅茶やった後に2作目書くのはそれなりに清涼院流水先生もプレッシャーがあっただろうによくここまでブレずに自分を貫けるな。読者の予想を裏切ることに全力を尽くしている執念がページいっぱいに刻まれている。四大奇書に並ぼうという野心が匂い立つメタミステリではあるが、いかんせんオチのつけ方が流水大説としかいいようのない珍妙なシロモノになってしまっている。読み進めたページ数と満足感が比例していない。でもこのがっかり感をあえて楽しもうとする器の大きさが流水大説の読者に求められる資質なのだろう。

 

 

ジョーカー (講談社ノベルス)

ジョーカー (講談社ノベルス)