コンテンツ化された苦悩

憎み憎まれて生きるのさ

23歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

ニートが友達の家で年越したらキツかった話

やあ!みんな 聞いてくれるかい?

この世にはさ なりたくもないのに時々ね、暗ーくなっちまう奴っていうのがたくさんいてね 
随分面倒な目にあっているんだよ 
それは本当にやっかいでね 
オレもその一人だったんだ 
だからさ、俺はサーチライトになりたいんだ 
俺はポッケのないネコ型のロボットで何もできんのだけど 歌う事と、ものを書く事だけはできるのさ 
俺の歌とペンがサーチライトになるんだ 
俺みたいになるなよ お前は 
考えてやるのさ 
俺みたいになるなよ 
俺みたいになるなよ 
俺みたいにはなるなよ 
俺みたいにはなるなよ 

お前の前に細い 
しかし、しっかりとした道がある 
俺が照らすからお前が行け 
サーチライトは月の光と共にタイトロープを照らす! 
もしも、お前が落ちてくたばったってずっと照らし続けてやるよ 
だから行け さっさと行け 
なんとかなる なんとかなる 
なんとかなる なんとかなるからさ 

「サーチライト」 筋肉少女帯

 

 高校の時の友達で集まって、大晦日に年越しをしたけど辛かった。まず夜ご飯のピザ注文するときに何選ぶかに口出しできなくて具材がシンプルなやつ選ばれたのが辛かった。大晦日というハレの日に食べるんだからもっと冒険してる具材のピザがよかった。焼きたてのアッツアツのピザ持ち帰ってんのに「酒とかつまみを買わなきゃ」ってスーパー寄ったのが辛かった。酒とつまみを買った後に駐車券もらい忘れて取りに行ったり、駐車券もらい終わった後にロックアイス買い忘れて買い直したりするのが辛かった。それ終わって友達の家着いた後も皿とかコップとか用意するのに5分くらいモタモタしてるのが辛かった。皿とかコップ取りに行く前に「ピザ、先に食べてて良いよ」って家主の君が言ってくれなきゃ。冷めていくピザを4人でジッと眺めていたよ。食べる頃にはピザはすっかり生暖かくなっていて、俺は「自分の家で年越ししていればA4の肉ですき焼きだったのに」と思ってた。ほろ酔いのなんだっけ?味は忘れたけどほろ酔いを飲んだことは覚えている。

 

 チャンネル選択権が全くないのが辛かった。いつもは紅白4割ガキ使6割くらいのバランスで年末のテレビ見ていたのに、その日は何故かクイズが10割だった。紅白とガキ使見ないのは初めてだったけど家主の友達がそういうなら仕方なかった。あのクイズ番組、異常に難易度が高くて難しかった。当てずっぽうでしか答えられないから全然スッキリしない。そんなモヤモヤを抱えつつ、夜は深まっていった。佐野ひなこが出てて、かわいいなと思いました。大富豪に負けて罰ゲームでたらふくジンを飲んだ。コーラで割って飲み続けた。ジンコーラを作って半分飲んでコーラを入れてまた半分飲んでコーラ入れて…を永遠に繰り返す「カスピ海ヨーグルト」作戦でどうにか乗り切った。TVではコトブキツカサが珍解答を披露していて、こんな人でも映画評論家になれるなら俺もなりてーわって思った。

 

 執拗なニートいじりが辛かった。高校の時の立ち位置、本当に底辺で毎日激しくいじられてたけどそのノリが復活して地獄だった。高校卒業して5年も経ってるなら大人になっててくれ、そう祈ったけどニートというこれ以上ないほどのウィークポイントを持っていたせいで、がっつりいじられた。「ニート」「穀潰し」「親のすねかじり」「社会不適合者」「負け犬」「ザ・ドキュメンタリー」とかいろいろ言われた。男子高校生の時と変わらぬ切れ味でいじられたせいで心がズタズタになった。自虐ネタするのは平気なのになんで他人からいじられると悲しくなるのだろう。ニートは繊細だからあまり不用意にいじってはいけない。かと言って真剣に心配されるのも息苦しい。軽〜くいじってほしい。うっすらいじってほしい。あんまりガシガシいじられると痛いんだよ!心が。集まっているメンツが社会人ばっかだからか心なしかニートに対する風当たりが強かった。とにかく笑って受け流そうと思ったけど、悲しいのにわざわざ笑うのもめんどくさかった。「待て待て〜い!誰がニートチャーハン365や!」とか言って頑張った。スベった。ブスいじりされるキャバ嬢の気持ちがわかった。

 

 自分がニートであること自体は恥ずかしくないと思う。働いてる友達と自分を比較することで恥ずかしさが生まれる。他人と比べたらその瞬間にもう心の平穏は消え去ってしまう。だから、もっとニートである自分に誇りを持ちたい。誰の前でも胸を張って「いまニートです」と言えるような器の大きい男になりたいんだ。父親がもうすぐ定年だし、祖父母もだんだんと身体の調子が悪くなりがち。そんな状況でしかも長男なのに働かないってどれだけプレッシャーがあるのか分かってるんですか?世間の人は簡単にニートのことを「ダメ人間」だの「根性無し」だの好き勝手言いますけどね。ダメ人間であり続けるのも根性無しであり続けるのもイバラの道を裸足タップダンスするような苦行なんです。なぜかというとニートの人生は自分のことを認めてくれる人が1人もいない孤独な戦場なのだから。

 

 眠れないのが辛かった。毎年大晦日は12時回ったら普通に寝てたのに、俺以外全員「オールしようぜ」とか言って全然眠れねー。布団の所有者である家主が寝かしてくれないから何を言っても無駄だった。オールしたとしても眠ってない時点で何をやっても面白くないでしょ、眠いんだから。生粋のロングスリーパーに向かってオールさせるとか拷問なの分かってんのか。眠らなさすぎて何故かわからないけど膝が痛くなった。2時くらいに初詣行くかってなって近くの神社に足を運んだら誰もいなくて電気も消えてて鳥居の前でテレパシー参拝して初詣終了。もうこの辺から逆深夜テンションが発動してものすごく死にたくなって困った。家に帰ってトランプしたり、卒アル見ながら思い出話に花を咲かせ…って言いたいけど集まった5人の中で俺だけ高2の時同じクラスじゃなかったからほとんど会話に参加できなかった。高2の時なんてアメフト部に毎日タックルされてた記憶しかない。他の4人は「高2のクラスが高校で1番楽しかったなあ」みたいな口ぶりで話すもんだから俺の暗黒の思い出との落差に、死にたさマシマシ涙カラメで困りました。

 

 で、「酒抜けるまで時間潰して車で鎌倉に初詣行くか」みたいな提案が持ち上がった頃に帰ることを決意した。これ以上はもう限界だ。付き合いきれん。みんなアホみたいにお酒飲んでたから抜けるまでにはかなり時間かかるだろう。その上、鎌倉まで行った日には余裕で半日潰れる。このままダウナーな精神状況で1日半もまともな寝床で睡眠を取れないと多分死ぬ。一刻もはやく我が家にゴーホームしないと。そう考えてナビタイムで電車の始発を確認。5時か、となると4時半には友達の家を出ないといけない。友達たちが雑魚寝し始めた一瞬を見計らって流れるように家を出た。その時の緊張感たるやまるで「トレインスポッティング」のラストシーンのようだった。生まれて初めての友達との年越しは、俺の強烈な眠気によって強制終了することになった。さらば、友よ。俺のことは忘れて楽しく初詣に行ってくれ。そもそも俺はみんなでワイワイ騒ぐのが苦手な人間だったんだ。明るい調子で話合わせるのも無理をしてるみたいで辛いんだ。でも、誘ってくれてありがとう。2017年の終わりを君達と一緒に迎えられたことは俺の心のアルバムとブログにしっかりと残しておくから。

 

 友達の家から出たはいいが駅までの道がわからない。まだ夜明け前で真っ暗で人が誰もいない。微妙に田舎で、街灯があんまなくて暗い森が近くにあったりトンネル通らないと帰れなかったりして勘弁して欲しかった。冬の朝の4時ってあんなに寒いんだね。その辺に停まってる車のボンネットが凍っているもの。風がインナーダウンを貫通して俺の体を撫でて行くんですもの。気温低すぎるせいか携帯のバッテリーの消耗が著しくて、電源落ちるわで散々迷って駅に着く頃には指が取れてもおかしくないくらい寒さに陵辱されていた。始発を逃してしまったので始発の一本後の電車に乗った。家に着いた時は涙が出そうになった。俺の家!俺の部屋!大掃除終わってなくて嫌になるくらい散らかってる。仕舞う場所のない「真説 ザ・ワールド・イズ・マイン」「ヒメアノ〜ル」「げんしけん」「お天気お姉さん」「ZERO」「イエスタデイをうたって」「マルドゥック・スクランブル」「プラネテス」「黒船」が部屋の隅っこに積み上がってる愛すべき俺の汚部屋。友達の家から自分の家に帰ってきただけなのに人間的に一回り成長できた気がする。体が限りなく冷えきった状態で熱いシャワーを浴びると痛いんだよ。正月の朝からそれを実感するとは思わなかった。5分くらいぬるま湯で体を解凍してから徐々にお湯の温度を上げていった。生きていることをハッピーだと思った。シャワーを浴びてから布団に入るころになるともう、窓から見える東の空が白んでいて焦った。はやく寝なきゃ。