コンテンツ化された苦悩

憎み憎まれて生きるのさ

22歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

2017卒が2ヶ月半でニートになった話をします。

   

     わが半生    中原 中也

 

  私は随分苦労して来た。

  それがどうした苦労であつたか、

  語らうなぞとはつゆさへ思はぬ。

  またその苦労が果して価値の

  あつたものかなかつたものか、

  そんなことなぞ考へてもみぬ。

 

  とにかく私は苦労して来た。

  苦労して来たことであつた!

  そして、今、此処、机の前の、

  自分を見出すばつかりだ。

  じつと手を出し眺めるほどの

  ことしか私は出来ないのだ。

 

  外では今宵、木の葉がそよぐ。

  はるかな気持の、春の宵だ。

  そして私は、静かに死ぬる、

  坐つたまんまで、死んでゆくのだ。

 

        詩集『在りし日の歌』1938年(昭和13)

 

 

 今年の3月まで大学生で4月からの2か月間だけ東京の会社でサラリーマンやって、人間関係がどうにも上手くいかなくなって6月に仕事を辞めて、そのまま再就職をするわけでもなく今に至るわけなのですが、昨今騒がれている「仕事をすぐ辞めるゆとり新卒」というのを100%体現してしまっていてなんだか恥ずかしい。

 大学4年生の時に就職活動というのをやっていたけど、驚くほど自分に向いてねえなっていう漠然とした感触があって、ゴミみたいなモチベーションのままうだうだとやっていたら案の定全然内定もらえなくて10月の後半まで無内定で周りからの目が痛かった。

 

 結局従業員50人くらいの小さな会社から内定が出て、これまでの苦労を考えると到底就職活動を続けていく気になれなくて、その内定を出してくれた会社に行くことにした。今にして思うと、人生を左右する新卒の会社選びを「一番初めに内定くれたから」という安易な気持ちで決めてしまったのは愚策だった。

 その会社の内定通知書の書類が自分の名前を間違えて送られてきて、「こんなミスをする人がいるのか」って思った。だって就活してるこっち側からすると履歴書の志望動機を応募してる会社じゃない別の会社名で書いちゃうみたいなミスじゃないですか。今にして思うとこれもいい加減な会社だという前ふりだったのかもしれない。いい加減に就活しているといい加減な会社にしか引っかからないものなのだ。

 

 その会社は小さい会社だったので従業員のほとんどが中途入社の人たちで、新卒をとるようになったのはここ数年のことだと説明を受けた。2017年の新卒採用も俺一人だった。同期の社員がいないのは心細かったが一つ上に去年入社した先輩もいるらしいし、一人しか新卒がいないなら仕事の指導もつきっきりで教えてもらえるのだろうと良い方向に考えることにした。

 内定を出したのが一人だけだったので内定式は行われなかったが、朝礼で自己紹介のあいさつをすることになった。人前で喋ることが何よりも苦手な俺は、死にたくなるくらいユウウツになったがなけなしのから元気を振り絞ってなんとかあいさつを終えた。そのあと自分の配属される部署の人たちにひとりずつ挨拶をしにいった。入社した後に少しでもかわいがってもらえるようなけなしのチャーミングさを振り絞って愛想をふりまいた。それらを終えて会社を後にするときに「ここで来年の春から俺は働くのか」と思った。その時は小さいけど活気があって楽しそうな会社に見えた。

 

 大学を卒業して4月になって、その会社に入社して晴れて俺はサラリーマンとなった。最初のうちはひたすら研修をすることになった。扱っている商品はこれまでの人生に関わりのなかったまったく未知なる世界だったので覚えることが多すぎて死ぬかと思った。研修をしてくださったのは会社の重鎮的なポジションの年配の社員の方々だった。時々あまりの退屈さに睡魔に襲われるも、必死に眠気をこらえた。それが大体最初の一ヶ月くらい。社内での研修が終わった後は営業所に配属されて先輩社員に同行するようになった。

 

 俺のOJTを担当してくださった先輩社員はダイアンのボケの人に似ていたので、ここでは西澤先輩と呼ぶことにする。初日から同行の車の中で西澤先輩は延々と会社にいる人の悪口を言い続けていた。「〇〇は使えないから言うことを聞いてはダメ」「△△はコネで出世したカス」これが社会なのかと思ってびっくりしたが同意したら俺もその人を悪く言うことになってしまうのでは、と思い「そうなんですか」と「いや自分には分からないです」を駆使して逃げようとしたがそうすると西澤先輩が急に「あの、お前さ。さっきから俺の言うことにいちいち口答えしてない?」と言った。

 今にして思うと、もうこの時点でちょっと辞めたくなっていたと思う。たとえ先輩の言うことであっても喋ったことすらない人の悪口に新入社員が同意するのは俺の中ではいけないことなんじゃないのっていうこだわりがあった。でもこの西澤先輩とうまくやっていくにはこういった話題に逐一賛同しないと「生意気なやつ」とレッテルを貼られてしまう。つーか「人数は少ないけどアットホームな職場」ってマイナビに載せてたくせにこういうガキみたいなことやってんでしょ。いい大人が。

 

  それから先はもう転がるように当たりがキツくなっていって…という感じなんだけど、もしかしたら自分のメンタルが弱すぎて西澤先輩は先輩社員としてごく普通の対応なのかもしれない。どう当たりがキツくなっていったかって言うのを一つ一つ掘り下げていくと心が痛くなるけど。例えば他会社の人を交えてキャバクラ連れていってもらった時に、終わって店出た後に「ごちそうさまが聞こえなかった」と他会社の人の前で頭を掴まれて怒鳴られたり、仕事でミスをした時に課長にアドバイスをもらいにいったら「まず俺に話を通せや」と会社内で胸倉掴まれて怒鳴られたりした。西澤先輩の手が出たのはその二回だけです。西澤先輩は「金にならないし邪魔だから新入社員のOJTなんてしたくない」と公言しており、「くだらない質問を俺の仕事中にしてきたらぶん殴る」と俺に常々忠告してくださった。で、結局、周りの人物に相談しても「俺に話を通せや」って言うなら俺はどうすりゃ殴られずに済むんですか。

 

 案の定仕事のしの字も分かっておらず基本的なビジネスマナーや常識に疎い俺は度々深刻なミスをするようになった。ミスが重なるにつれて西澤先輩は俺の両親や大学の教育に苦言を呈するようになった。「なんでお前こんな簡単な仕事もできないバカなの?」など言われた。でも、それは正論だった。俺は本当に使えなかった。どのくらい使えないかと言うと会社の電話に出るときに「もしもし」と言って出たり、見積書のシャチハタがうまく押せなくて何十回もやり直したり、営業車のサイドミラーを車庫入れの時に柱にぶつけてぶっ壊したり、納品の時に手元が覚束なさすぎて得意先の人に説教されたり、あまりにも使えなさすぎて得意先から出入り禁止を言い渡されたり、した。

 たった2ヶ月でこんなミスをして会社に迷惑をかけて西澤先輩に怒鳴られたりしてもう心が死ぬ、と感じた。毎日朝ごはんがまったく味のしない糊を食べてるみたいになって通勤電車で神聖かまってちゃんを聴いてほんのり泣いたり西澤先輩のお叱りの後の1人で外回りするとき中央線で銀杏BOYZを聴いて号泣したりした。休日に新海誠の「言の葉の庭」を観返した時も舞城王太郎の「好き好き大好き超愛してる」読んだ時もなぜか涙がとまらなくなってしまった。

 

 ある同行営業のとき、仕事終わったら西澤先輩に飲みに行こうと誘われた。平日に飲みに誘われるとか迷惑以外の何物でもないが断るとまた何かされるのではと思い、連れて行ってもらった。飲んでいるうちに「お前とにかく元気がないよ」「なんでそんなに無表情なの?」「なんで何も話さないの?」などと言われた。でも実際俺は、仕事が嫌で元気がないし、西澤先輩の前にいるとうまく笑えなくなるし何か変なこと喋ると西澤先輩に怒られるから喋る気になれなかっただけだ。西澤先輩の目の前にいる俺は西澤先輩を怒らせないためだけに思考して行動するマシーンと化しているのに、なんでこの期に及んでそれ以上のことを求めるんだろうか。「お前さあハッキリ言って営業向いてないよ。センスがない」「お前と話していると本当つまんない」「お前バカのくせに自分のこと頭がいいと思ってんだろ。そういうとこがムカつくんだよ」「お前のこといつか絶対シメるから」俺自身も西澤先輩の前で会話したりする俺が嫌いだった。言いたいことも言えないでただ怯えながら顔色伺う挙動不審なキモいやつだった。

 

 その飲みの終わりの方に西澤先輩は俺に「俺実はさ、喧嘩した相手を障碍者にしたことがあるんだよね」と言ってきた。あーはいはいヤンキー特有の学生の時の武勇伝語りですか、と頭の中で毒づいて当たり障りのない返事をしようとしたら「あん時はさすがに裁判やらあったし会社クビになるかと思って焦ったわ」と続けて言われた。その時、生まれて初めて本当に戦慄のようなものが走った。お酒の酔いがスッと引いて今までにない速度で思考が走って、この人は会社に勤めていながら過去に裁判沙汰になるような傷害事件を起こしておいてそれでいて俺にあんだけ偉そうにサラリーマンとしての在り方を説いていたの?なんで傷害事件を起こしておいてクビにならないの?仕事ができるから?どうしてこの会社はそういった人物を新入社員の育成係のポジションに配置するの?などと頭の中が疑問でいっぱいになって気持ち悪いし、というよりもう一刻も早く帰りたくなって、この西澤先輩と二人で飲んでいるという状況に嫌悪感が湧いてきた。

 

 それで、この飲み会の次の週くらいに西澤先輩が直帰の日を見計らって人事に相談し、西澤先輩の言っていたことの事実関係を確認し、そのうえで「辞めたい」という旨を伝える。その間ずっとなぜか俺号泣しまくり鼻水たらしまくり。一生分の涙をその辞める相談の時に流したと思う。たった2ヶ月で世界の真理の一端を知りました。仕事ができる人は傷害事件を起こしても会社はクビにならないし、傷害事件を起こさなくても仕事できない使えない俺は人間扱いされなくて時々暴力をふるわれかねない、ということ。これが漫画ならなにくそと踏ん張って仕事をできるようになっていつか西澤先輩を見返すぞとかいう方向に行くかもしれないけど、現実なので俺はうんざりして仕事を投げ出してそのまま逃げ出しました。というかこれ以上西澤先輩の近くにいてそういう価値観の元で生きるようになってしまったら死ぬ方がマシだって本気で思えて、俺は仕事ができて人に暴力を振るう人と仕事ができなくて暴力を振るわない人の二択だったら後者の方がエラいとしか考えられないです。でも会社ってそんな甘っちょろいものじゃなくて前者の方が利益を出すという観点においては重要視されるわけじゃないですか。

 

 だから、俺もういいです。会社降ります。社会降ります。そういう感じになりました。俺みたいに会社という組織に馴染めなくて、仕事もできなくてこれといった取り柄もないつまらない人間はおとなしく自分の部屋に引きこもって外に出ません。なぜなら外はオオカミでいっぱいだから。いま、ブラック企業とかで働いてる人も嫌だったら辞めればいいと思う。嫌なことからは逃げた方がいいです。嫌なことやその許容量は人それぞれだし、周りから何を言われても自分が嫌だったり我慢できないことはもうしょうがないんです。それをこらえ続けると絶対にどこかで歪が生じます。本当に。俺の場合はありえないくらい泣き虫になりました。会社に勤めるまでは卒業式ですら泣かないポーカーフェイスだったのに西澤先輩に詰められ始めてから1ヶ月間は森公美子ばりに毎日泣いてました。知っている誰かが近くにいると堪えられるんですけど、一人になったら急にくるんですよね。幼稚園児が泣くときみたいにガチなのが。たぶん感情を抑える脳の部位が故障したんだと思います。あのまま会社に身を置いていたら職場で急に泣き出す痛いメンヘラみたいになってたかも。辞める時も人事の前で泣いていたけど。22歳の男のガチ泣きって想像を絶するほど見苦しいし、こうやって毎日めそめそ泣いてみじめに暮らすならニートのほうがよっぽど人間らしい暮らしだと思って会社をドロップアウトしました。今の自分を生かしてくれるのは漫画とか小説とか映画とかそういった楽しいものだけなんで、もう一生こうやってダラダラしてたい。

 

 俺は仕事できないし、したくない。会社が俺にとって死にたさを生み出す工場でしかなかったんで、とりあえず再就職もしたくないです。これが仕事を2ヶ月半で辞めた2017卒ニートの心境です。はい。さよなら。

 

 

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

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