コンテンツ化された苦悩

Boy neet Girl (そして人生は続く)

22歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

なぜ、ロックスターとニートはフレッドペリーを着るのか

 

きょうもまたお金がないのに古着屋に行ってなんとなくフレッドペリーのポロシャツを買ってしまい、自分の財布のひもの緩さに戦慄が走る。おもわず「だれとも遊ぶ予定のないニートが服を買ってどうするんだよ、おい」と己にツッコミを入れる。買ったポロシャツはティップラインの入っていないホワイトでロゴの刺繍も真っ白でパッと見だとただの白いポロシャツに見えるけど目を凝らすとロゴの刺繍が見えなくもないという珍しいタイプなのだが、注意して見てもらわないとフレッドペリー気づいてもらえないのはちょっと悲しい。買って気づいたけれど思ったよりサイズが小さめで、着てみたら「ぴっちぴち」とした感じになった。ポロシャツをぴったりと着るかゆったり着るかは古来から議論が交わされているが、私はゆったりしてたほうが涼しく着れると思うのでゆったり派だった。しかし、買ってしまったものはしょうがないのでパッと見無地の白ポロシャツ(ただし目を凝らすとフレッドペリーのロゴがうっすら見える)を着続けなくては、と固く決意した。

 

 お金がないのにどうして俺は何枚も持っているはずのフレッドドペリーのポロシャツを買い足してしまうのだろうか。今日買ったのを合わせると合計4枚のフレッドペリーを所有していることになる。でも、実際は誰とも会わないのだからこんなに持っててもしょうがないと思う。毎日毎日会う人がだれかいたならば「こいつ何枚もフレッドペリー持ってんなあ」と気づいてもらえるかもしれないが、別にそういう人がいないのなら、何枚も持ってても私服のバリエーションを披露する機会がないわけで、つまり私は他人のためにポロシャツを買っているのではなくて、自分の自己満足のためにそうしていることになる。

 

 ファッションというのはある種の変身願望の現れであって、著名なUKロックスターがよく着ているフレッドペリーを着ることによって自分とロックスターを近づけたいという深層心理が俺にポロシャツの購買を促しているのだ。なぜロックスターになりたいのかというと自分があまりにもロックスターとかけ離れている凡庸な存在だからであるり、毎日何も生み出さず、食っちゃ寝食っちゃ寝の超非生産的ニートからすると、音楽を通じて人々を熱狂させているミュージシャンという存在は神に等しい。

 

 なんでもいいから、今よりましな人間になりたいと思っているが、どう努力すればこの腐った現状を打破できるのか一向に見当もつかず、しょうがないので最もお手軽に行える自己変革、つまり服装を変えるという行動に繋がっているのではないだろうか。このままだとポロシャツだらけで夏を過ごすことになるが、私がダメ人間でい続けるかぎり、このポロシャツ購入の流れは断ち切りがたいものがある。働く予定のないニートというジンバブエ並みに経済崩壊をおこした状態でこれ以上買い続けたら破産は必須。私は自分の中のロックスター願望を封印して本当の自己改革を遂行しなくてはならないのだ。

 

 フレッドペリー反対!

 打倒フレッドペリー

 フレッドペリーは敵だ!

 欲しがりません、勝つまでは。

 

(とか言って古着屋でいい感じのイングランド製M12を見つけたら、たぶん買ってしまうんだろうな…)