コンテンツ化された苦悩

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コンテンツ化された苦悩

「お前がブログを覗くとき、ブログもまたお前を覗いているのだ」

母と俺をつなぐテレパシー

雑記

偶然と呼ぶにはあまりにも

 
はーい。いまからおそらく最も読者が興味なさそうな身内ネタの雑記書きます。
 
母親というものはやはり胎内にいたころへその緒で一度つながってただけあって、ふとしたことでぐうぜんの一致をかんじることがある。それはどんな時かというと
 
例えば中学生の頃の俺はほとんど帰り道に買い食いをしない男だったのだけど、ある日部活帰りに近所の薬局の店先に「塩サイダー」なる珍妙な清涼飲料水がたたき売りされているのを見てこれを1本購入して家に帰宅。
 
さっそく買ってきたやつを冷やして飲もうと冷蔵庫を開けたらなぜかすでに「塩サイダー」が2本あるではないか。母親に「これは如何に」と問うたところ「買い物のときに目についたから試しに買ってみたの」というのだった。
 
ふだんの母親は炭酸飲料をあまりよしとしないので、ジュースを我のために買ってくることなんて滅多にないはずなのだ。それがなぜ俺が買ってきた日にちょうど同じものを買ってきたのだろう。
 
ほとんど帰り道に買い食いをしない俺とほとんど炭酸飲料を買わない母親が同時にマイナーな清涼飲料水を買ってくるなどというのは天文学的にはありえない確率のはずだ。
 
ちなみに「塩サイダー」は特においしいシロモノではなかった。
 

まったく同じ感じの話をもうひとつ

 

「塩サイダー」の話は中学生の時なのだが、昨日もこういうことがあったので書く。話の構成はまったく同じなのであまり面白くないと思うけど。

 

「すべての人間は2種類に分けることができる」という俗説をご存知だろうか?

それは「お風呂場に置いてある洗顔が切れた時にすぐ捨てる派」と「洗顔がきれたあとも容器を永遠に捨てない派」である。

 

私はもちろん後者である。OXYの炭が入ってる洗顔を使っていたのだが約3ヶ月前に切れた後もなんとなく放置していた。なんというか使いおわった洗顔を見ても「あゝ空っぽだな」とおもうだけで、お風呂あがったあとにわざわざ浴室にもどって捨てるってめんどくさいし、お風呂に入る前に捨てるのはなおさらめんどくさいしで捨てるふんぎりがなかなかつかないのだ。

 

からっぽの洗顔、日増しにあぶらぎる顔。

 

そうして俺は切れたOXYの洗顔のかわりにギャツビーのスクラブ入りの洗顔を買っておいたのに、洗顔なしで3ヶ月も過ごしていたのだ。

だが昨日、お風呂入る前にパンツを脱いだ瞬間ふと天啓がひらめいた

 

「たまには石鹸ではなく洗顔で顔を洗え」

 

そんな声が頭の奥で響いた気がした。その声に導かれるまま洗面所の買い置きコーナーを裸で探してみる。だが不思議なことに買っておいたギャツビーの洗顔がないのだ。

 

なんでだろう。なんでだろう。たしかにこの前買ってしまっておいたのに。とフルチンで洗面所の棚を探すこと5分。あきらめてお風呂に入ってみると

 

なんとギャツビーの洗顔がそこにおいてあるではないか。

 

一瞬で俺は気がついた「これは母親が出しておいてくれたに違いない」と。

だが、なぜだ。OXYの洗顔は3ヶ月前から空だったのになんでいまさらギャツビーの洗顔をわざわざ俺が新しい洗顔出そうと思った日にとりかえたんだ?

 

ありがたいけど、全裸で5分もさがしてしまったよ。という話。お粗末。

 

 

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