コンテンツ化された苦悩

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コンテンツ化された苦悩

「お前がブログを覗くとき、ブログもまたお前を覗いているのだ」

僕が『僕のヒーローアカデミア』に燃えない理由

 

 

なんで俺が『僕のヒーローアカデミア』読んでて燃えないのか分析します。

 

あらすじ

超常能力“個性”を持って生まれるのが当たり前の世界。個性を悪用する犯罪者・敵(ヴィランを取り締まる存在・ヒーローは人々のあこがれの存在となっていた。少年・緑谷 出久も幼い頃からヒーローに憧れ、ヒーローになるために難関・雄英高校への進学を目指していたが、先天的“無個性”であり合格は絶望的と周囲からバカにされ続けていた。高校受験を控えたある日、憧れのヒーローであるオールマイトと偶然出会う。彼に個性が無くてもヒーローになれるかと聞いた出久は、オールマイトに素質を見出だされ、彼の個性ワン・フォー・オールを受け継ぎ、ヒーロー科において最大を誇る国立雄英高校に入学する。出久は、教師となったオールマイトの下、個性的な仲間と共に成長する。しかしその裏では、密かにオールマイトの抹殺を目論む敵(ヴィラン)連合が様々な悪意を持つ者を結集させ、動き出していた。

 

①主人公が嫌いだから

オレ(という一人称を使う時、オレは嘘をつかない)は、たまねぎ(そう、あの臭くて、いやな歯ざわり(半生のやつを噛むと、「カオッ」っていう音がするんだが、オレはその音(「かおっ」のことだ)をもたらすような歯ざわりが嫌いなのだ)を持った再帰的無限構造野菜(ラッキョと猿の寓話 - 猿のせんずりを想起せよ))が嫌い(「嫌い」は「好き」に比べて純粋だ。なぜなら「嫌い」が生理であるのに対して、「好き」は感情に過ぎないからだ)だ」

小田嶋隆パソコンによる“玉ねぎ文章”のすすめ

 

主人公の性格にあまりハマれなかったという部分が大きいと思う。ウジウジ系の主人公は嫌いじゃないはずなんだけど、「フリクリ」とか「エヴァ」とか「イリヤの空、UFOの夏」とか「セカイ系」の作品はまあ色々主人公ウジウジしてても、がんばれよって素直に思えた。それは俺の精神構造がやはりウジウジしてる内向的な登場人物に似ているため、つい感情移入してしまうせいだ。

 

この作品のデクくんは、すでに無個性というコンプレックスをNo.1ヒーローであるオールマイトから認められ個性を継承するという形で解消してしまっている。まあ、そうしないと、話が進まないからそこにグチグチいうのもどうなんだって感じですが。「無個性でもヒーローになれるか」って問いに対してハッキリとNOと告げているこの作品にあまりいい印象を持てない。

 

もしかしたら、あの世界にはデク以上にヒーロー精神あふれる無個性の少年がいるかもしれないよ?そいつもデクみたいに友達から馬鹿にされててもヒーローの夢をあきらめきれなくて毎日横断歩道で足の悪いおばあちゃんと一緒に渡ってあげてて、バットマンみたいにサポートアイテム開発したり、ハードな筋トレを小学生時代から続けてて、でも入試ではパッとしなくて入試落ちて…なんてことがあったりしたら素直に主人公応援できないじゃないですか。

 

そんなやついないかもしれないけど。読んでるときはそんなこと考えてしまって、デクが活躍すればするほど、その報われない無個性くんがかわいそうに思えてしまう。

 

 

僕のヒーローアカデミア 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)