コンテンツ化された苦悩

2ヶ月で仕事をやめる(そして人生は続く)

やる気のない大学生が就職したらどうなるかのドキュメンタリーです

天才だけがたどりつくもうひとつの世界 松本大洋『ZERO』

 

天才であるがゆえの孤独をここまで残酷にしかもかっこよく描いた作品はないのではないか。と読むたびに思わされる。

 

この漫画の主人公である五島雅はZEROというあだ名のミドル級ボクサーで、10年間もタイトルを防衛し続けている。なぜZEROというあだ名なのかというと、彼には守るものが何一つないからだ。

 

幼いころから彼を見てきた医者は再三にわたってコーチに警告する。

 

「あれは人間じゃないよ。」

「五島はね、かけ違えたボタンなんだよ。」

「僕等とは別の世界で生きてる。」

「五島は強すぎる。それは悲劇だよ。」

 

 

普通の人ははお金のため、家族のため、野心のためなど、さまざまな目的がありそれを実現させるべく戦うのだが、ZEROは最初からそんなものをもっていない。ただ戦うために戦っているだけなのだ。たったひとつの望みは「壊れないおもちゃ」と遊ぶこと。

 

そのためにいくらチャンピオンとして防衛を重ねても、ばく大なお金をかせいでも彼は満たされない空虚さを抱えている。そして、周りの観客も十年間無敗のZEROにだんだんと飽きはじめてしまっている。そんな状況で、彼は自分の肉体の衰えを自覚し、引退することを決意する。

 

最後の相手は彼の念願だった「壊れないおもちゃ」であるメキシコ人ボクサーのトラビス。彼もZEROと同様の孤独を抱えた「強すぎるボクサー」なのだ。なにしろ練習中にスパーリング相手を殴り殺してしまったことがあり、誰もトラビスと試合を組みたがらない。

 

「トラビスってのは、そこまで強いボクサーなの?」

「うーん なんていうかな。似てるんだよね。」

「?」

「力を自制できない子供みたいな所がね」

「昔、五島さんが「ゼロ」とか呼ばれだした時とさ……」

 

 

ZERO はトラビスの中に自分と近いものを感じ取り、命がけで戦うことでそれを開放させようとする。

 

ZEROの強さのはっきりとした根拠は作中で語られない。ZEROの医者がはっきりと「人間じゃない」と断言していたのは単純な身体能力のことではないらしい。なぜなら身体能力から言うならトラビスは五島以上のはずなのだ。


天才を天才たらしめてるZEROの強さ。それは「狂気」の力だ。


スパーリング相手を殺して平然としていたトラビスですら、試合の中でZEROの狂気にだんだんと影響を受けていき、ついには敗北することになる。極限状況を戦い抜くZEROの狂気を「別の世界」として松本大洋は描く。


過去が次々とフラッシュバックし、そして消えていく。花が咲き、枯れていく。周りの人々はいなくなり、トラビスとZEROはそのまま2人きりの世界の中で殴りあう。

そしてついには最大のライバルであるトラビスさえもZEROの狂気の世界についていけなくなってしまう。


誰にも理解されることなく、ZEROは自分のたどり着いた世界に取り残される。


孤独だが、それゆえに美しいラストシーンだと思う。


ZERO―The flower blooms on the ring………alone. (上) (Big spirits comics special)

ZERO―The flower blooms on the ring………alone. (上) (Big spirits comics special)


ZERO 下    BIG SPIRITS COMICS SPECIAL

ZERO 下  BIG SPIRITS COMICS SPECIAL