コンテンツ化された苦悩

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やる気のない大学生が就職したらどうなるかのドキュメンタリーです

坂口安吾の『堕落論』を読んだことないなら読んだ方がいい

最近、パソコンの調子がおかしい。昨日も記事一本書いてさあ公開しようと思ったら接続きれて、データが消えた。あまりのむなしさに書き直すこともできず、適当に駄文を書いて公開して後悔している。

world-of-momoshiro.hatenablog.com

(本当は「オススメのマイナー漫画を紹介する」という記事を書いていたのに)坂口安吾はその時たまたま読んでただけで、マイナー漫画の紹介のかわりに坂口安吾について書くってわけわからん。で、昨日の今日にもいっかい『堕落論』をちゃんと読み直したのだが、これがまあシビれたね。
 
坂口安吾の『堕落論』を読んだことないなら読んだ方がいい
俺も坂口安吾詳しいわけじゃないですけどね。部屋がべらぼーに汚いことしか知らない。
 
「そこで私はこう思わずにはいられぬのです。つまり、モラルがない、とか、突き放す、ということ、それは文学として成立たないように思われるけれども、我々の生きる道にはどうしてもそのようでなければならぬがけがあって、そこでは、モラルがない、ということ自体が、モラルなのだ、と。」(『文学のふるさと』)
 
「晩年の芥川龍之介あくたがわりゅうのすけの話ですが、時々芥川の家へやってくる農民作家――この人は自身が本当の水呑みずのみ百姓の生活をしている人なのですが、あるとき原稿を持ってきました。芥川が読んでみると、ある百姓が子供をもうけましたが、貧乏で、もし育てれば、親子共倒れの状態になるばかりなので、むしろ育たないことが皆のためにも自分のためにも幸福であろうという考えで、生れた子供を殺して、石油罐かんだかに入れて埋めてしまうという話が書いてありました。
 芥川は話があまり暗くて、やりきれない気持になったのですが、彼の現実の生活からは割りだしてみようのない話ですし、いったい、こんな事が本当にあるのかね、と訊ねたのです。
 すると、農民作家は、ぶっきらぼうに、それは俺がしたのだがね、と言い、芥川があまりの事にぼんやりしていると、あんたは、悪いことだと思うかね、と重ねてぶっきらぼうに質問しました。
 芥川はその質問に返事することができませんでした。何事にまれ言葉が用意されているような多才な彼が、返事ができなかったということ、それは晩年の彼が始めて誠実な生き方と文学との歩調を合せたことを物語るように思われます。」(『文学のふるさと』)
 
「人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」(『堕落論』)
 
「太宰のような男であったら、本当に女に惚れゝば、死なずに、生きるであろう。元々、本当に女に惚れるなどゝいうことは、芸道の人には、できないものである。芸道とは、そういう鬼だけの棲むところだ。だから、太宰が女と一しょに死んだなら、女に惚れていなかったと思えば、マチガイない。」(『太宰治情死考』)
 
「堕落自体は常につまらぬものであり、悪であるにすぎないけれども、堕落のもつ性格の一つには孤独という偉大なる人間の実相が厳として存している。即ち堕落は常に孤独なものであり、他の人々に見すてられ、父母にまで見すてられ、ただ自らに頼る以外にすべのない宿命を帯びている。」(『続堕落論』)
 
「人間はせつないものだ、然し、ともかく生きようとする、何とか手探りででも何かましな物を探しすがりついて生きようという、せっぱつまれば全く何をやらかすか、自分ながらたよりない。疑りもする、信じもする、信じようとし思いこもうとし、体当り、遁走とんそう、まったく悪戦苦闘である。こんなにして、なぜ生きるんだ。文学とか哲学とか宗教とか、諸々もろもろの思想というものがそこから生れて育ってきたのだ。それはすべて生きるためのものなのだ。生きることにはあらゆる矛盾があり、不可決、不可解、てんで先が知れないからの悪戦苦闘の武器だかオモチャだか、ともかくそこでフリ廻さずにいられなくなった棒キレみたいなものの一つが文学だ。」(『教祖の文学』)
 
「本当に人の心を動かすものは、毒に当てられた奴、罰の当った奴でなければ、書けないものだ。思想や意見によって動かされるということのない見えすぎる目などには、宮沢賢治の見た青ぞらやすきとおった風などは見ることができないのである。
 生きている奴は何をしでかすか分らない。何も分らず、何も見えない、手探りでうろつき廻り、悲願をこめギリギリのところをいまわっている罰当りには、物の必然などは一向に見えないけれども、自分だけのものが見える。自分だけのものが見えるから、それが又万人のものとなる。芸術とはそういうものだ」(『教祖の文学』)
 
「私は、闘う、という言葉が許されてよろしい場合は、たゞ一つしかないことを信じている。それは、自由の確立、の場合である。」(『戦争論』)
 
一冊の本の中にこんなパンチラインがごろごろしているなんて、信じられない。とにかく熱い文章を書く人だ。

 

堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫)

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