コンテンツ化された苦悩

Boy neet Girl (そして人生は続く)

22歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

男は「(500)日のサマー」を観て何を学ぶべきなのか part2

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昨日に引き続いて「(500)日のサマー」について書こうと思う。

world-of-momoshiro.hatenablog.com

 

この映画の好きな部分は無数にあってどれもこれも説明したいのだけれど、言葉足らずで若輩者の私には荷が重い。うーんファッションとか?トムもサマーもちょっと古めの服装がかっちりハマっててなんともおしゃれ。特にトムのベストやジャケット姿はぜひとも見習いたいものである。サマーのワンピース姿もかわいいけどね。このちょっとレトロな服装は何年代風っていうんだろう。50s?60s?

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個人的に一番かわいいと思ったサマーはこれ。まだ二人がラブラブしてる時にピクニックに行った時のやつですね。あ、セリフとかは関係なくて、服とか髪型とかがかわいいと思います。(この大声で下ネタ言い合うゲームってモッツァレラチーズゲームみたいで楽しそう)

 

あとは地味にトムの仕事の描写も相当ファンタジー入ってると思うけど、いい。働いたことないけど、もし働くのならばあんなホワイトな職場にぜひ勤めたいものである。

 

(500)日のサマー」は鬱映画なのか?

 

えーと、この映画を観たいろんな人がこの映画について感想を書いていて、その中には「トムかわいそう、サマーひどい」っていうか。まあ語り手のトムに寄り添ってサマーの気持ちに無理解であったりするようなものが少なくない。実際にこれを観た知り合いは「サマーまじ性悪ビッチなんすけど」と言ってた。俺も最初のほうはそんな感じだったけど、でもこの映画は何回も観ているうちに発見できることが多いですね。単純な「トムかわいそう、サマーがわるい」映画ではないのですよ。うまく説明できるか分からないけど、自分なりに説明してみようと思う。

 

トムの悪いところ

一番致命的なミスを犯したとこはやはり出会いのシーンなんじゃないだろうか。この記事の最初のほうに貼ってみたあのカラオケ屋さんでの場面だ。あそこで二人の恋愛観を交換させて、トムの一世一代の名言である「愛を感じれば分かる」を聞いた時のサマーの顔がとってもかわいい。サマーの価値観は「愛なんて幻想」というようなドライなものだったはずなのに、臆面もなく愛を語るトムにときめいてる気がするのは俺だけだろうか。カラオケの後の別れ際にサマーの方からアプローチしてるのにトムはびびってしまって肝心の愛をサマーに示すことができなかった。自分で「愛はある」と断言しておきながら、サマーの価値観にのっとった関係を構築してしまったのが二人の関係がこじれる原因となった。あのカラオケの別れ際に「好きだ!愛してる!」と言ってさえすればもっと違う未来が待っていたのか、でもそしたらサマー断るのかな?ああ難しい女心。てかサマー心か。

 

時系列がシャッフルされ、何度もラブラブ時間とギスギス時間を往復するが、基本的にトムの苦悩は付き合う前の「気楽な関係でいよう」の約束をなんとか「本当の恋人同士になる」に修正しようとして発生しているもの。その条件をOKしたのはトム自身でありサマーのほうから関係を近づけようとした場面もあったのに、ことごとくすれ違ってしまっている。

 

疲れたからまた明日。