コンテンツ化された苦悩

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

コンテンツ化された苦悩

「お前がブログを覗くとき、ブログもまたお前を覗いているのだ」

はじめましての方はこちらを

 

このブログについて

 

はじめまして、ももしろです。

このブログは大学4年生の社会不適合人間がいろいろと書き残す自己満足ブログです。

主に、服、映画、漫画、小説、就職活動について書き散らしております。

よければ読者になってください。いや、なれ。

 

自分について

おれはいったい誰なんだろう。日々模索中。ホモサピエンス。モンゴロイド。オス。

 

ブログのタイトルの意味

人生のつらいことや悲しいことををおもしろおかしく書いてみようというコンセプトでつけました。深い意味はとくにありません。もっといいの思いついたら変えるかも。

 

 

ブログをはじめたきっかけ

長い文章を論理的に書く練習になるかなと思ってはじめました。でもぜんぜん上達しないです。やめたい。

 

更新頻度

毎日です。ひとつの記事をだいたい1000字くらい書くようにしてます。それ以上の長い文章を書くと頭が痛くなります。ときどきウィキペディアの引用だけのくそみたいな記事を書くこともあります。

 

 

 

 

うんこ味のカレーとカレー味のうんこについて

鶏が先か卵が先か

タイムマシンで過去へ行ってお父さんを殺したらどうなるのか

なぜアキレスは亀に追いつけないのか

くちぶえはなぜとおくまできこえるのか

エリア51に宇宙人はいるのか

買うなら犬か猫か

モテるためになにをすればいいのか

最強の矛で最強の盾を突いたらどうなるか

俺の明日はどこにあるのか

3 以上の自然数 n について、xn+ yn = zn となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組が存在しないのか

セクシーなのとキュートなの どっちが好きなのか

ソイレントグリーンは何の肉なのか

さっきからあなたのうしろにいるのは誰なのか

 

書く内容はこういった事柄についてですね。

 

 

着ててラクな服のはなし LLビーンの「アノラック」

愛はおしゃれじゃない

俺もおしゃれじゃない。

服の話をしたいと思うけれど、高校までおかあさんに買ってもらった服とおとうさんのおさがりを愛用してた自分のファッションセンスにはあまり自信がない。

大学にはいって自分で服を買うようになったけど、いろいろ買ってみた結果たどりついた結論はただ一つ。

「服なんて裸じゃなければなんでもいい」

けっきょくのところおしゃれなんて自己満足にすぎないのだから着たい服を自由に着ればよろし。俺はきほんてきに普段着ている服を「ラクかどうか」で選ぶようにしている。

そんな俺が着ててラクだなーって感じた服を紹介しようかなと。

 

LLビーンのアノラック

f:id:supercar0102:20160528202323j:plain 

 

既に知っている人もいるかもしれないけどアノラックっていうのはアウトドアっぽいフード付きウインドブレーカーのことらしい。ジッパーが半分しかないので着たり脱いだりはちょっとめんどい。

 

ナイロン製のものが多いので春秋に羽織るにはちょうどいいボリュームのアウターで重宝しとります。今の時期でも夜少し寒いからリュックに入れといておくと便利。ポケットからぐるっと裏返すとユニクロのライトダウンみたいにコンパクトにしまえるんです。

 

俺はこの画像の色じゃなくてロイヤルブルーのやつを古着屋で買いました。LLビーンの公式サイトでは「申し訳ございません。ご指定の商品は販売終了か、ただ今お取扱いできない商品です。」って書いてあるから、販売終了しちゃってるのかな。

 

古着で買ったからサイズとか製造国のタグ取れちゃってるし、腕に穴空いてるしですでにクタクタに着古されてる感がすごい。こなれ感を通り過ぎてへたれ感に到達してしまっている。

 

着た感じはなんていうか独特なシルエットだなと。身幅がズドーンと太い。着丈が短い。腕まわりもだぼーっとしてます。ゆるーいシルエットがこのうえなく着ててラクなんですよね。ついついこればかり着てしまう。

 

なんといっても、これを着てるとなんだか自分がアウトドアな人間になった気持ちになれるのでいいですよ。

 

あとこのLLビーンのアノラックは裾とお腹のところにドローコードがついてて、自分でシルエットを調節できるのが面白いですね。俺はだぼっとしてるほうがラクなので絞ってないです。

 

ナイロン製のアウター特有の軽くてしゃかしゃかした感じだったり、独特なシルエットを楽しみたい人におすすめします。

 

おすすめしますって言ったところで、もう店には売ってないので古着屋で探すしかないんですけどね。はやく復活してくれないかなー。気に入ったから他の色も欲しいのに。

 

 

お祈りメールが届いた ラッキー!

ありがとうございます!

world-of-momoshiro.hatenablog.com

 

 

先日、記事に書いた企業からお祈りメールが届きました。ありがとうございます。

逆に祈り返すぜ!

 

 

天にまします 我らの父よ

願わくば 御名(みな)をあがめさせたまえ

御国(みくに)を来たらせたまえ

御心(みこころ)の天になるごとく 地にもなさせたまえ

我らの日用の糧を 今日も与えたまえ

我らに罪を犯す者を 我らが赦(ゆる)すごとく

我らの罪をも 赦したまえ

我らを試みに会わせず 悪より救いいだしたまえ

国と力と栄とは 限りなく 汝のものなればなり

アーメン

 

 

 

人生ってきびしいね。

 

お祈りメール(おいのりメール、御祈りメール)とは、日本就職活動における用語の一つで、企業からの不採用通知の俗称である。祈りメール、祈られメール、お祈りレターとも呼ばれるなど、表記には幅が見られる。

基本的には電子メールを利用した不採用通知として定義される。これらを転じて、就職活動において「お祈り」「祈られる」「お祈りされる」といった表現が不採用そのものを意味する代名詞として用いられる場合がある。

概要

基本的に就職活動を行う大学生(就活生)の間で使用される。企業から送られてくる不採用通知には、末尾が「今後のご活躍をお祈り申し上げます」「今後のご健闘をお祈り申し上げます」「充実した学生生活を送られることをお祈り申し上げます」といった一文で締められていることが多いため、これを俗に「お祈りメール」と呼称するようになった。また、「お祈りメール」を受け取ること、すなわち不採用になることを「祈られる」「お祈りされる」「お祈りをもらう」などと表現することもあるほか、新卒採用だけでなく中途採用における不採用通知でも「お祈りメール」の俗称が用いられる場合がある。

発祥と普及

不採用通知の末尾に「〜をお祈り申し上げます」という一文が用いられること自体は「昔から行われていた」とされている。日経プラスワンの記事によれば、「不採用通知にメールではなく手紙が主に利用されていた1980年代には既に用いられていた」と報じているほか、杉元伶一の小説『就職戦線異状なし』(1990年)においても不採用通知の末尾に「今後のご健闘をお祈り申し上げます」の一文が用いられる描写がある。ただし、当時は不採用通知を「お祈り通知」などと呼称する慣習は無かった。

「お祈りメール」という俗称の具体的な発祥は未詳であるが、元々は電子掲示板2ちゃんねるで使用されており、就活生の間で一般的に用いられるようになったのは2007年頃からとされている。その後も2ちゃんねるなどの匿名掲示板上で、受け取った「お祈りメール」を貼り付けて披露しあう様子が散見される。

マイナビニュース2013年に実施したアンケートによれば、「お祈りメール」という言葉を使ったことがあると回答した者は20代後半から30代を中心に「よく使っていた」「使っていた」合わせて6%と少なめの結果であったが、同社が2015年に実施した「就活における流行語」の調査結果では、1位に「サイレント」、2位に「お祈り」と上位にランクインしている。就職活動関連書籍のタイトルの一部として使用されることもあるほか、垣谷美雨の小説『七十歳死亡法案、可決』(2012年)において、不採用通知を見た青年が「またお祈りメール。あんたに祈ってもらわなくて結構」という趣旨の発言をする描写がある。

NTTコムオンライン・マーケティング・ソリューションTwitter投稿分析サービス「バズファインダー」によれば、「祈られた」との投稿は3月中旬から急増するとしている。エントリーシートの提出期限を3月上旬に設定した企業からの「お祈りメール」が中旬に増えたためと見られる。

心理的問題

「お祈りメール」が原因で心を病む就活生がいるとも報じられており、「就活うつ」などのメンタルヘルスの問題と交えて取り上げられることがある。

東京ガスでは2014年2月に就職活動中の女子学生を題材としたテレビコマーシャルを放映していたが、「志望企業から何十通ものお祈りメールが届く」という描写に対して就活生やその保護者とみられる視聴者から「リアルにできていて心が痛む」との批判的意見が少数ながら寄せられ、就職活動が本格化する時期であることや別のCM作品が広告賞に内定した事を踏まえ、1ヶ月ほどで放映を中止したことが話題になった。

「お祈りメール」の内容

「お祈りメール」の多くは、まず冒頭で応募に対するお礼に始まり、慎重に検討を重ねたが不採用となる旨を「採用を見送らせて頂く」「残念ながら貴意(貴殿の期待)に添えない(添いかねる)」「ご縁がなかった」などといった言い回しで表現した後、「〜をお祈り申し上げます」という形で締められることが多い。縁がなかっただけで就活生自身に非はないとする旨や、再度の受験を歓迎する旨、今後も自社製品のご愛顧をお願いする旨、応募者が多数殺到したために不採用となった旨などが含まれる場合もある。基本的に「お祈りメール」を見て、就活生は初めて自分が不採用になったことを知ることになる。この「お祈りメール」に返信をする必要はない。

メールのタイトルには、選考に通過した者は「○○面接のご案内」「○次選考のご案内」とされるのに対して、不採用者は「選考結果のご案内」などといった、「不採用」であることをストレートに伝えない抽象的な表現が使われることが多いとされている。

また、不採用通知の郵送時に自社製品を粗品として贈呈する企業も少数存在する。

不採用理由の明示

「お祈りメール」内で不採用の理由が述べられることはなく、「祈るより落ちた理由が知りたい」とする意見もある。

ライフネット生命保険が2012年に実施したアンケートによると、応募者に対して「不採用の理由」を公開していると回答した企業はわずか12.1%に留まっている。人材コンサルタント常見陽平は、不採用理由の明示について「人気企業や大手企業では、少なくとも選考初期の段階では物理的に厳しい」「受験と違い評価が高ければ採用というわけではなく、その選考基準も曖昧である」「不採用の理由が具体的すぎるお祈りメールは精神的にもっと辛い」として否定的に論じている。朝日新聞の記事に拠れば、東京高等裁判所では「採用に際してどのような要素を考慮するかは企業の自由で、採用理由を明らかにしたり公開しない自由も含む」と示した判決(1972年12月22日)があり、「採用の自由には理由を明らかにしない自由も含むもの」であると報じている。

 

評価

判で押したような(テンプレートに則った)「型通り」な文面である場合が多いことや、低姿勢を示すも、形式的な慇懃無礼さに不快感を持つ就活生も多く、後述する「サイレントお祈り」と合わせて企業における「不誠実な対応」の一つと評されることがある。

日本語学者飯間浩明は、著書『辞書には載らなかった不採用語辞典』(PHP研究所、2014年)において、同語が流行した経緯として「就職活動がIT化されてメール一本で不採用通知が届くようになった『手軽な感じ』を皮肉った面があるのではないか」と論じている。

母と俺をつなぐテレパシー

偶然と呼ぶにはあまりにも

 
はーい。いまからおそらく最も読者が興味なさそうな身内ネタの雑記書きます。
 
母親というものはやはり胎内にいたころへその緒で一度つながってただけあって、ふとしたことでぐうぜんの一致をかんじることがある。それはどんな時かというと
 
例えば中学生の頃の俺はほとんど帰り道に買い食いをしない男だったのだけど、ある日部活帰りに近所の薬局の店先に「塩サイダー」なる珍妙な清涼飲料水がたたき売りされているのを見てこれを1本購入して家に帰宅。
 
さっそく買ってきたやつを冷やして飲もうと冷蔵庫を開けたらなぜかすでに「塩サイダー」が2本あるではないか。母親に「これは如何に」と問うたところ「買い物のときに目についたから試しに買ってみたの」というのだった。
 
ふだんの母親は炭酸飲料をあまりよしとしないので、ジュースを我のために買ってくることなんて滅多にないはずなのだ。それがなぜ俺が買ってきた日にちょうど同じものを買ってきたのだろう。
 
ほとんど帰り道に買い食いをしない俺とほとんど炭酸飲料を買わない母親が同時にマイナーな清涼飲料水を買ってくるなどというのは天文学的にはありえない確率のはずだ。
 
ちなみに「塩サイダー」は特においしいシロモノではなかった。
 

まったく同じ感じの話をもうひとつ

 

「塩サイダー」の話は中学生の時なのだが、昨日もこういうことがあったので書く。話の構成はまったく同じなのであまり面白くないと思うけど。

 

「すべての人間は2種類に分けることができる」という俗説をご存知だろうか?

それは「お風呂場に置いてある洗顔が切れた時にすぐ捨てる派」と「洗顔がきれたあとも容器を永遠に捨てない派」である。

 

私はもちろん後者である。OXYの炭が入ってる洗顔を使っていたのだが約3ヶ月前に切れた後もなんとなく放置していた。なんというか使いおわった洗顔を見ても「あゝ空っぽだな」とおもうだけで、お風呂あがったあとにわざわざ浴室にもどって捨てるってめんどくさいし、お風呂に入る前に捨てるのはなおさらめんどくさいしで捨てるふんぎりがなかなかつかないのだ。

 

からっぽの洗顔、日増しにあぶらぎる顔。

 

そうして俺は切れたOXYの洗顔のかわりにギャツビーのスクラブ入りの洗顔を買っておいたのに、洗顔なしで3ヶ月も過ごしていたのだ。

だが昨日、お風呂入る前にパンツを脱いだ瞬間ふと天啓がひらめいた

 

「たまには石鹸ではなく洗顔で顔を洗え」

 

そんな声が頭の奥で響いた気がした。その声に導かれるまま洗面所の買い置きコーナーを裸で探してみる。だが不思議なことに買っておいたギャツビーの洗顔がないのだ。

 

なんでだろう。なんでだろう。たしかにこの前買ってしまっておいたのに。とフルチンで洗面所の棚を探すこと5分。あきらめてお風呂に入ってみると

 

なんとギャツビーの洗顔がそこにおいてあるではないか。

 

一瞬で俺は気がついた「これは母親が出しておいてくれたに違いない」と。

だが、なぜだ。OXYの洗顔は3ヶ月前から空だったのになんでいまさらギャツビーの洗顔をわざわざ俺が新しい洗顔出そうと思った日にとりかえたんだ?

 

ありがたいけど、全裸で5分もさがしてしまったよ。という話。お粗末。

 

 

Oxy(オキシー) ディープウォッシュ 200g

Oxy(オキシー) ディープウォッシュ 200g

 

 

 

GATSBY (ギャツビー) 薬用フェイシャルウォッシュ パーフェクトスクラブ (医薬部外品) 130g

GATSBY (ギャツビー) 薬用フェイシャルウォッシュ パーフェクトスクラブ (医薬部外品) 130g

 

 

電車とかで高校生の会話を盗み聞きするのはたのしい

きょうはちゃんと就活をした

 

world-of-momoshiro.hatenablog.com

 

きのうはグループディスカッションにぼこぼこにされて「ニートになる」って書いたけど、今日も某社で集団面接があったのでちゃんと行ってきました。

 

就活まっさかりの大学4年生が今月受けたの2社だけってすこし少なすぎると思うけど、気にしないようにする。

 

今日の集団面接の結果はどうなんだろう。ほんとうに初対面の人が苦手なのでわき汗がすごかった。でも、たとえ落ちたとしてもしょうがない、という感じである。

 

こんな「落ちてもしょうがない」とか思って面接をうけてるからダメなのかしら。特に緊張すると早口になっちゃうのはどうにかしてなおしたいところだ。反省。

 

面接が終わった後の帰り道に、集団面接のグループで打ち解ける雰囲気があまり好きではない。だってもし、落ちてたらはずかしいから。

 

打ち解けるグループをよこめに韋駄天のごとき早足でさっそうと面接会場をあとにした。やれやれ。

 

えーとそれで時間があったのでBOOKOFFに行き、『BRUTUS』の服を特集してるバックナンバーを買いあさったりしました。暇人かよ。

 

大学にいく用の定期がきれてしまってもう俺もぶちぎれそうです。いなかものが東京にでるには電車賃ってたかい。お足がどんどんとんでいく。金は天下のマーライオンって言うからね。

 

高校生の会話を盗み聞き

 

面接でつかれたから普通電車にのって帰ろうと思ったんですよ。買った『BRUTUS』を読みながらのんびりと。でも途中で乗ってきた高校生の男女二人組の会話がきになって文字に集中できないんすよね。

 

おい、うるせえな。と思ったんですけどせっかくなので会話を盗み聞きすることにしました。この突発的会話盗み聞き症候群が発症したらもうとまらないですね。

 

男女二人組だったのですが、典型的なイケイケ女子と地味ーズ男子って感じで両極端のキャラの二人がどうして二人っきりでなかよく一緒に帰ってるのかを、考えると不思議ですね。

 

最初はつきあってるのかなーと思ったんですが、会話からは付き合ってるのかどうかわかりませんでした。

 

一方的にはなしまくるイケイケ女子、ときどき相槌をうつ地味ーズ男子。あまずっぱいなあ。

 

「映画館にいったらいつも何飲む?」「さいきん○○が女子たちに見境なく猛アタックしててドン引きされてる」「宿題ちゃんとやってる?」「身長がのびなくて困る」

 

会話を聞きながらただただ「懐かしい&うらやましい」とぼんやり思ってたけど、こんな盗み聞きされてると知ったら不気味に思われるだろうね。

 

きぶんはすっかりノスタル爺。電車からきれいな夕焼けをみてセンチメンタルに。

 

これで、内定さえあればもっと完璧なんだけれど。

一か月ぶりに就活してみたが、社会への不信感が高まっただけだった。

 グループディスカッションとかいうそびえ立つクソ

 

 

優雅なニート生活もそろそろ卒業しなくては、と思い立ちとある会社の一次選考にドキドキで足を運んだ俺。どうやら一次選考はグループディスカッションらしい。ふむふむ。

 

グループディスカッションてあれだろ?タイムキーパーとか司会とか書記をきめて議論するだけのやつでしょ。なにそれチョー楽ショーじゃん、と思ってた。でも違った。

 

そこで行われていたのは慈悲も憐憫もない、ただただ一方的な虐殺…

 

というのは嘘で普通にうまくいかなかっただけだった。

 

脈打つ心臓

震える声

汗ばむ手のひら

迷走する思考

 

俺のいた班はまるっきりダメダメだったので、与えられた課題に対して、トンチンカンな回答しか用意できなかった。これは誰のせいでもなく、みんなが等しくポンコツだったから起きた悲劇だ。

 

 フェルミ推定とは?

 

ディスカッションの議題は、「フェルミ推定」をつかったもので文学部の俺にはさっぱりわからなかったのでまあこれで落ちてもしゃあないなと思った。

 

フェルミ推定というのは例えば「東京都内にあるマンホールの総数はいくらか?」「地球上には何匹いるか?」など、見当もつかないような量を推定することだ。

フェルミ推定で特に知られているものは、アメリカシカゴには何人(なんにん)のピアノの調律師がいるか?」を推定するものである。これはフェルミ自身がシカゴ大学の学生に対して出題したとされている。

この問題に対して、例えば次のように概算することができる。

まず以下のデータを仮定する。

  1. シカゴの人口は300万人とする
  2. シカゴでは、1世帯あたりの人数が平均3人程度とする
  3. 10世帯に1台の割合でピアノを保有している世帯があるとする
  4. ピアノ1台の調律は平均して1年に1回行うとする
  5. 調律師が1日に調律するピアノの台数は3つとする
  6. 週休二日とし、調律師は年間に約250日働くとする

そして、これらの仮定を元に次のように推論する。

  1. シカゴの世帯数は、(300万/3)=100万世帯程度
  2. シカゴでのピアノの総数は、(100万/10)=10万台程度
  3. ピアノの調律は、年間に10万件程度行われる
  4. それに対し、(1人の)ピアノの調律師は1年間に250×3=750台程度を調律する
  5. よって調律師の人数は10万/750=130人程度と推定される

フェルミ推定では、前提や推論の方法の違いによって結論にかなりの誤差を生じることもある。フェルミ推定を模倣したケーススタディと呼ばれるテストが、80年代90年代のアメリカ企業の採用活動でよく行われていた。

らしい。 (ウィキペディアより)

 

予想してたのとはまったく違うタイプのグループディスカッションだったので、無防備な腹に強烈なボディブローでノックアウトでした。ただ、落ちる運命は粛々と受け入れるにしてもせめて文句くらい言わせてほしい。

 

なんの意味があるのこれ。

 

フェルミ推定でただしい数値を考察する能力が実際の業務に関係あるとはどうしても思えなかった。

この企業は説明会のとき「人を見るのでエントリーシートは書かせません」とか言っていたけどこんなふざけたクイズまがいの選考をするなら、エントリーシートのが100倍ましだ。

 

というわけで就活で疲れたからしばらくニートします。

 

 

就活のバカヤロー (光文社新書)

就活のバカヤロー (光文社新書)

 

 

映画の上映中にツレと会話するやつは死んだ方がいいと思います

 

きのう地元の映画館でキャプテンアメリカの「シビルウォー」観てきたんですよ。

したらまあ日曜日ということもありまして、いつものように最後尾で観たんですが両隣高校生のグループに挟まれて騒がしいこと騒がしいこと。高校生だからっておおめにみると思うなよ。

おまえらよりこっちは高い金はらって見にきてんだからよお。マナー守れや。なあ。

「上映中はお静かに」ってアニメーションがご丁寧に流れてただろうが。

 

予告編まではいいですよ別に喋っていても。ただね、本編が始まっても

 

「うわ、だれこいつ」

「こいつつよくね?」

「すげーはえーじゃん」

「ここ暑くね?」

「これがさっきのやつのむすこなの?」

「わけわかんねー」

 

とかどうでもいいことを片側の高校生たちがペチャクチャペチャクチャ喋っていてきわめてうっとおしかった。

 

「うるさい。しね。だまれ。」と上映中に五千回はテレパシー送ったのに一向に黙ってもらえなくてがっかりでした。(直接注意するのは怖くてできませんでした)

 

私はなにも一切の私語を慎んでほしいって言ってるのでは無いのですよ。映画に没入してれば、登場人物のジョークに声をあげて笑うこともあるでしょうし、ホラー映画だったらびっくりして「うわっ」と声を出すこともあるでしょう。

 

ロッキー・ホラー・ショー」なんかだと、おやくそくのツッコミを観客がいっせいに叫んだり、お米を投げつけたりパーティ形式で上映したりすることがあるようです。

 

それらは映画と観客のむすびつきを象徴するものとして、むしろあったほうがほほえましいと僕は思います。

 

ただですね

「うわ、だれこいつ」

「こいつつよくね?」

「すげーはえーじゃん」

「ここ暑くね?」

「これがさっきのやつのむすこなの?」

「わけわかんねー」

 

とかツレにむかって話されても、ただ怒りがつのるばかりですよ。スクリーンの向こうに今まさに入り込まんとす、な勢いで作品を観てる観客の足元をぐいっと引っ張って現実に引き戻してるんですよ。あんたたちには自覚ないでしょうけど。

 

とにかく映画を観ている時にツレと会話するやつは死んでほしいと思いました。直接、注意もせずブログで愚痴るだけの俺ですが。

 

てか、ふつうになんでツレに話しかける必要があるのかしら。観終わったあとじゃだめなの?何考えてるかわからないのでそういうマナー違反するやつの脳内がどうなってるのか気になります。

 

上映中に喋ってるヤツに限って牛の糞ほどしょうもないことをベラベラ喋っててそれがさらにムカつくんですよね。

 

もし俺がホラー映画の監督やるとしたら「映画の上映中に騒いだやつを殺して回る殺人鬼」の映画撮りますね。そんくらい嫌いです。はい。

 

あまりの怒りに「シビルウォー」まで嫌いになりそうでした。いい大人でスーパーヒーローなんだからケンカすんなよお前らも!