コンテンツ化された苦悩

憎み憎まれて生きるのさ

22歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

舞城王太郎について語るときニートの語ること

 もしも君が、ほんとにこの話を聞きたいんならだな、まず、僕がどこで生まれたとか、チャチな幼年時代はどんなだったのかとか、僕が生まれる前に両親は何をやってたかとか、そういった《デーヴィッド・カパーフィールド》式のくだんないことから聞きたがるかもしれないけどさ、実をいうと僕は、そんなことをしゃべりたいんだな。

 

 神奈川県の片隅にオンギャと生を受けた俺はぱっつぱつの育ちすぎたジャガイモのような3800グラムの巨大児だった。生まれた時の体重が人より比較的重いのってどこか恥ずかしい気分になる。両親が共働きだったせいで保育園に迎えに来てもらうの一番遅い系ベイビーだった俺は、友達みんなが帰ってしまった後のひとりぼっちの保育園で有り余る時間を何に費やしていたかというと保育士さんとマンツーマンで遊ぶ社交性などは持ち合わせていなかったので、主に絵本を読むことで退屈をしのいでいて、俺にとっての読書というものの原体験はそこで培われた。おかげで、俺は戦隊ヒーローや仮面ライダーウルトラマン、働くクルマ、電車なんかにほとんど興味を示さないような子供になって、そういうのにハマらなかったのは人生にとって損なのか得なのかよくわからない。

 

 ある日、父親が情操教育の一環としてなのか知らないが小学校に上がる前の俺と姉に一冊ずつ絵本を買ってきてくれたことがあった。三つ上の姉には『黒ねこのおきゃくさま』なるハートウォーミングかつピースフルな超傑作絵本を買ってきていたのに、俺には『ウラパン・オコサ』っつう「1がウラパン、2がオコサ~」なんて言ってひたすら動物の数を数えることに終始する「ヤマなしオチなしイミなし」のナンセンスでアホ丸出しの絵本をプレゼントされてあまりの屈辱に泣きながらガチ切れしたという思い出が俺の中にある。姉よりも三歳下ではあったけれど、「泣いた赤鬼」で一晩号泣できるほど情緒にあふれる子供だったのによりによってあんなストーリーのない絵本選ぶかね?親が俺に選んだのが見るからに子ども向けの『ウラパン・オコサ』で、でも俺は『黒ねこのおきゃくさま』のほうに興味を惹かれるし、ストーリーを楽しむことができるという自負を持っていたため、他ならぬ親に自分の読解力や感性を軽んじられてプライドがズタズタに傷ついた。それが「物語」に目覚めるきっかけになったのではないかと思う。ついでに『ウラパン・オコサ』のせいで算数嫌いになってしまった。あの絵本まじなんなの。

 

 小学校あがって2年生くらいになって父親が星新一の『ボッコちゃん』を買ってきてくれて、それは先の一件を許してやらんこともないぞってくらい面白くて一気に星先生のショートショートの虜になっていく。次は次は次はって催促しているうちに活字だけの本をいろいろ買ってもらうようになった。新潮文庫で出てる星新一のめぼしいショートショート集はあらかた読んだ気がする今だから思うけど、言うほど『ボッコちゃん』て入門編じゃないよね?オチのほろ苦い味わいやテーマ的に中級者向けって感じだから最初の一冊に読むなら『ようこそ地球さん』とか『未来いそっぷ』とか『宇宙のあいさつ』みたいな明るくてオチが分かりやすいのから入った方がいいんじゃないと思うがどうだろう。出版社の執拗な『ボッコちゃん』推しの流れにモノ申したい。それからショートショート派生で阿刀田高筒井康隆小松左京フレドリック・ブラウンに手を出してみるもやっぱショートショートなら星新一が至高だと気づいて回帰する。でも『ショートショートの広場』っていう星新一が選考してるアマチュアショートショートのコンクールの本はめちゃくちゃレベル高くて面白かった覚えがある。それと並行して学校の図書室や友達から借りたりしながら海外のファンタジー小説系を攻めていって『ハリー・ポッター』『ダレン・シャン』『バーティミアス』『デルトラ・クエスト』『ドラゴン・ラージャ』『クラバート』『星の王子さま』『銀河ヒッチハイクガイド』あたりを読んだ。

 

 中学生になっていよいよ思春期になると、エロい小説を探すために毎週近くの図書館へと通うという、ひたすら不純で不毛な追求をわりと律儀に続けた。アホだった。この頃読んだ本は今はもうほとんど忘れてて印象に残ってるのは村上春樹の『ノルウェイの森』、花村萬月の『♂♀』、重松清の『疾走』、町井登志夫今池電波聖ゴミマリア』、小林恭二『モンスターフルーツの熟れる時』、筒井康隆の『魚籃観音記』佐藤友哉フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』などか。この時点でもう文学的な趣味じゃなくなってんな俺の読書。中学生時代は学校の図書館で毎日なんか借りて土日になったら図書館行くってルーティンで人生の中で1番本を読んだ時期だと思う。ただそんな毎日大量に何読んでいたのかという点においては記憶がぼんやりしてて適当に手に取った本を手当たり次第に読みふける本当に「暇つぶし」の読書をしていた。こんなことなら読書日記とかつけておけばよかった。本を読んでも国語の成績が全く上がらず、むしろ中学2年で全体的に成績がギュンと下がってしまい第一志望の公立の高校に落ちた。

 

  勘が鋭い人は気づいただろうけど、この中学の時点で佐藤友哉鏡家サーガにまずハマってそっからメフィスト賞経由で舞城王太郎に行き着いたのだ。メフィスト賞っていうのは講談社メフィストという雑誌の賞で、かの有名な清涼院流水森博嗣西尾維新などを輩出した大変に由緒ある賞で舞城王太郎もそれを受賞してデビューした。図書館の片隅で見つけて最初に読んだ舞城王太郎作品はデビュー作の『煙か土か食い物』だったと思うけど文体が斬新だなと思ったくらいでそんな心に響かなかった。所々出てくる英語若干スベってないかとか、やたら他の小説から引用すんなーとか、どういう発想だよこの推理とかそんなことを思ったくらいで特に面白いとは感じなくて個性強い変な小説家ってイメージで固まってた。最初に読んだ中学生の時は。

 

 舞城王太郎にいつハマったのかというと高校生になってからで、これは完全にタイミングの問題であると思う。高校一年生も時クラス一緒だったオタクの友達にアニメ版と新劇場版の「新世紀エヴァンゲリオン」勧めてもらってDVD借りたのと高校の近くの図書館で『イリヤの空、UFOの夏』を読んで俺にセカイ系ムーブメントが今更ながらやってきた。やってきたのがゼロ年代じゃなくて10年代なのが俺のアンテナの鈍さなのだけれど、とにかくこの2作品は本当に俺の心の1番繊細な部分に重たいボディブローをかましてきた感じがあって、思春期真っ只中にこんなん見たらダメだと思いました。『イリヤの空、UFOの夏』なんて読み終わった後、あまりにも切なくてえもいわれぬ喪失感でいっぱいになって思わず制服のシャツの胸のところギュってしたから。むさい男子高校生が、『イリヤの空、UFOの夏』片手に持って手でシャツの胸のところ抑えてふるふると打ち震えてたんですよ。怖くないですか。

 

 セカイ系の描く自分の死と世界の終わりが地続きになっているような感覚は今まで読んできた普通の「物語」とは全く違う世界の見え方を俺に教えてくれたと思っている。世界の終わりっていうのをじわじわと感じてしまうような現実社会のせいもあると思うけど。サリン事件と震災の年に生まれて、世紀末を生きのびたと思ったら小学校の時にはワールドトレードセンターに飛行機が突っ込んで、中学生になったらリーマンショックで大人達が右往左往して、高校生になって生まれて初めて女の子とデートする約束をしていた日にあの東北の地震が起きた。もうどうしてくれんのって本当に、いや被災した方にはデートくらいなんだって感じかもしれないけれど。そして2013年にはマヤの予言だかフォトンベルトだかで人類滅亡なんて話もあって、俺はいまいち未来ってものに確かな希望を持てないで育ってきたのかもしれない。そういう自分も世界も不安定だなって時にセカイ系の描く極端で突飛な世界と内省的な主人公の描写は「俺に向けられて書かれたんだ」って電波を受信しちゃうくらい魅力的で、どっぷり首までつかってしまった。描かれているのはハッタリや嘘かもしれないけど、そこんじょそこらの小説が束になってもかなわないくらい感情移入したし、心に残った。

 

 その流れで舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる』を読んでこれまた衝撃を受けた。「物語」は何のためにあるんだろう?あの『ウラパン・オコサ』に悔し涙流した日からずっとこれまで本読んできた。いま、ネットで調べるとそれこそ俺なんて足元にも及ばないくらい大量の小説読んでる人が山ほどいて、かなわんと思うけど、本当に大学入るまで俺の周りに本を読む人がいなくてSNSもやってなかったから同好の士も探せず、こんな風に切実に「物語」を求め続ける心性みたいなものの意味がよくわからなかった。他の同級生は小説全然読まないでも毎日もっと楽しそうにしてたのに、なんで本読んでる俺は毎日こんなにしょうもないんだろうか。虚構の物語なんて何の役にも立たない暇つぶしなんだろ結局って思って舐めてた時にエヴァイリヤできれいにワンツー叩き込まれてフィニッシュに『好き好き大好き超愛してる』が脳天にコークスクリュー決めてきた。俺が今まで読みたかったのはこんな小説だったのか。一瞬で消費して3年後には「あれ?どんなストーリーだっけ?」てなるんじゃなくて一生忘れられないくらいハードなパンチライン武装されたとびきり危険な文章。こんな小説書ける作家に他にいないって。特に冒頭2ページは古今東西どこを探してもこれ以上の解答はないってくらいストレートな物語論で打ちのめされると同時に小説でこんなきっぱり言い切っていいの?って思った。「愛=祈り=言葉=物語」 素晴らしすぎる。正しい。

 

  『好き好き大好き超愛してる』読んでから火がついたように舞城王太郎の小説集めて、よっしゃ、この勢いでいっちょ文学部行くかって決意して受験する大学を日本文学科に決めて、相も変わらず国語の勉強ができなさすぎて、センターの国語で200点中98点を取ったりしたけど、なんとか3流私大に滑り込むことができた。ある意味で舞城王太郎のおかげと言えるかもしれない。でも、入学して気づいたけど俺の通ってた大学は古典を専門にしている教授ばかりで、それほど新しい文学やらない所らしくてやってもせいぜい夏目漱石川端康成。文学部って言えばてっきり東浩紀的なことをやると思っていた俺は四年間すごく苦労した。あゝ、また古典の授業?マジで?黄表紙変体仮名言語学…つまらない。いつ村上春樹とか高橋源一郎やるんだろうって思ってたら結局やらずに終わった。ていうかそもそもセンター国語半分切ってる俺に古典やらせる大学にも問題あるでしょう。「源氏物語」で卒論書いてる時に幾度となくおい舞城王太郎!人生返せ!って思ったけど卒業出来たので許す。国語科の教育実習で『好き好き大好き超愛してる』の冒頭2ページをコピーして高校生に読ませるっていう100%自己満足な布教活動もできたし。

 

  今まで生きてきて一度も舞城王太郎ファンに現実で会ったことがなくて日本文学の講義でも名前一回も聞いてないし、舞城王太郎知名度に一抹の不安を覚える。正味な話舞城王太郎の読者ってどこにいるの。話題にならなかっただけで今まで会った人にも読んでる人いたのかもしれないが、読んだ後絶対語りたくなる系の作家なのに語れないこのさみしさ。エヴァQの巨神兵のやつのナレーション書いたり、アニメや漫画の原作やったり、ジョジョのノベライズやったり、短編映画の監督したり、JDCトリビュートやったり、筒井康隆に褒められて三島由紀夫賞取ったり、宮本輝に嫌われて芥川賞4回落ちたり色々やってるのに舞城王太郎好きな人に会ったことない。俺の交友関係の狭さが悪いのだろうか。でも、もし舞城王太郎が新作で村上春樹並みのベストセラー打ち立てて「シン・ゴジラ」「君の名は」みたいになったら今ほどひたむきに応援できるかは微妙だからファン心理はめんどくさい。今月末から始まる「龍の歯医者」の劇場上映一緒に行ってくれる人いません?いや僕ニートなんだけど。

 

 

かずあそびウラパン・オコサ (絵本・こどものひろば)

かずあそびウラパン・オコサ (絵本・こどものひろば)

 

 

 

黒ねこのおきゃくさま (世界傑作童話シリーズ)

黒ねこのおきゃくさま (世界傑作童話シリーズ)

 

 

 

 

ニートが女の子にフラれた話をします。

貴方と過ごした全ての時間が無駄だった。
最低男。正直に言うけど、貴方みたいな臭くて不潔な人とは絶対にセックスなんかしたくないし、世界中どこを探しても、誰も貴方とセックスしたいと思う人なんていないよ。セックスしても、全然気持ちよくなくて、演技するのも疲れたし。臭すぎ。不細工。気持ち悪い。キスとか無理。
どうせ勉強したって、貴方みたいな人には公務員になんてなれないし、貴方みたいなやつが公務員になったとしたら、吐き気がする。底辺野郎。一生バイトしてろ。貴方といるとすごくイライラして疲れる。
私は、公務員の彼氏を作って、幸せな家庭を持って、貴方とは違って幸せな人生を送ります。
貴方にもらったものや借りたものは全て捨てる。削除する。本当に無駄な時間だった。最初から最後まで、本当に嫌いだった。一応キープしてたけど、もー貴方はいらないや笑。面倒。
ラインもブロックして削除するんで、もう私からはメッセージ読めないんで、一生関わらないでください。性欲だけで、愛情がない可哀想で下品な人。だいたいさ、あんたみたいなのと合う人なんていないよ。だって貴方は、相手の気持ちを考えることができなくて、自分は相手に合わせようと何も努力しないし、しようとも考えられないお粗末な人だから。
貴方とこの先付き合ったりする人がいるとしたら、その人が可哀想で仕方がない。だって無駄な時間を費やしてしまうんだから。
もう二度と、私の人生に微塵たりとも関わらないで下さい。さよなら〜😄

 

 人に「仕事を辞めた後に大学の時から付き合ってた女の子にフラれた。」 と話すとだいたいが俺に対する同情とか心配の前にまず笑ってくれる。仕事を辞めた事もずっと付き合っていた女の子にフラれたことも、どっちも俺にとってシリアスな苦難だったはずだけど、さすがに2ついっぺんに伝えるとある種の行き過ぎた感じがあってみんな普通に笑う。俺のしょうもない人生からの脱落が周りの人たちのささやかなエンターテインメントに昇華されて嬉しい。いやうれしくない。こっちは会社辞めて彼女に振られてんだよ。すべらない話がひとつできたくらいじゃ幸不幸のバランスがまったく取れてない。

 

  みんな仕事を辞めた理由の方を最初に聞きたがるので「なんでフラれたの?」と聞かれた時は、会社辞めた理由を話した後の疲れもあって説明するのダルくなって適当に「いやー金の切れ目が縁の切れ目ってやつですかね。仕事辞めたらスパッと愛想つかされてそれきりですわ」みたいに軽く切り上げてしまう。でもこれは正確な説明ではなくて、別れることになった理由を詳細に話していくと多分100%の人が「お前が悪い」って言ってくると思うからお茶を濁すために「金の切れ目が縁の切れ目」なる分かりやすい理由をでっち上げて話しているだけだ。

 

  本当のこと言うと無職になってすぐフラれたわけではなくて仕事を辞めた後も親身になって相談にのってくれたり気晴らしに遊びに行ったりした。彼女は俺に「がんばれ」とか「今はつらいだろうけど前を向いて」とかそういう言葉をかけてくれて、優しかったと思う。いつか何かの本で読んだけれど「金の切れ目が縁の切れ目」というのは甲斐性のなくなった男に女が失望して袖にするという意味じゃなくて、本当は甲斐性のなくなった男が変わらず接してくれる女に対して卑屈になってひどい扱いをしているうちに愛想を尽かされるという意味らしい。俺の場合もそういうケースに該当すると思う。

 

  彼女を初めて知ったのは大学一年生のサークルの新入生歓迎会の時で、あまりのかわいさにハートを鷲掴みにされ、その時は話しかけることもできず、居酒屋の遠くの方で彼女と先輩が話しているのを横目で見ることしかできなかった。仲良くなれたらいいなあと思っていたけどわりと人が大勢いるサークルだったのでなかなか話しかけるチャンスもなく、しばらく過ごしていたのだけど、死ぬほど押しの強い友達に協力を仰ぎ彼女の友達と彼女と俺と友達で映画を見に行くことになって、その時に地元がかなり近所だという情報を入手して「今度は2人で遊ぼう」的なことを言っていろいろ遊んでるうちに冬になって告白して付き合った。

 

  彼女は神聖かまってちゃんのファンだった。椎名林檎さねよしいさ子も好きだった。趣味はニコニコ生放送を見ること広い公園を歩くこととネット上のなんかポエマーみたいな人と文通することで、好きな漫画は浅野いにおの「おやすみプンプン」で好きな食べ物はかぼちゃのポタージュとたい焼き。初めてくれたプレゼントは「クレヨン王国 魔法のなつ」という青い鳥文庫の本だった。なぜかスニーカーを履くことを異様に恥ずかしがっていた。いい歳こいて「子猫のチー」という子供向けアニメに熱中していた。お菓子をよく作ってくれたけどあまり美味しくなかった。事あるごとに長い手紙を書いてくれた。

 

  大人しい外見とふわふわした喋り方をする彼女はその身の内に修羅を秘めていた。有り体に言えばメンヘラっぽい人だった。どことなく情緒不安定ですぐに怒ったり不機嫌になったり泣いたりする人で、デート中の会話において地雷を踏んでしまいダッシュで帰られることも珍しくなくて大変だった。1番焦ったのはディズニーシーでデートした時にダッシュで帰られた事で、帰ったっていうか舞浜駅で泣いてて、俺はものすごく対応に困った。とにかく気分の浮き沈みが激しい。高低差があり過ぎて耳キーンてなった。本当によく怒るのでストレス解消のため四六時中俺に対して怒る理由探してるんじゃないの?って疑うレベルだった。だが、俺は彼女という地雷原をひたすら突き進みつづけた。ダッシュで帰られた時はわざわざ彼女の1人暮らしをしているアパートの前で30分ほど許しを乞うたりした。今にして思うと俺もストーカーっぽくて怖い。まるでMOTHER2のサターンバレーの滝みたいだな、と思った。怒ってる女の子のアパートの前でドアが開くのひたすら待つのってある種の放置プレイではないか。でも、待っていると必ず彼女はドアを開けてくれるのでいつも俺は「どう機嫌を取ろうか」なんてことを考えながら安心して待っていた。

 

   彼女はよく「さみしい」とか「死にたい」と言っていた。それが口癖だった。2人で一緒にいる時にも「もう死にたい」ってよく言うので、最初の方は頑張って「俺がいるじゃないの」とか「君が死んだら悲しい」とかつまらないことを言って慰めていたけど結局いくら慰めてもそういうことをずっと言い続けているので後半は「またかよ」感がすごかった。俺も一回彼女の愚痴に本当にうんざりして彼女の家からダッシュで帰ったこともあった。不機嫌になったらダッシュする癖が移ってしまった。

 

  彼女は性的に淡白なタイプで付き合ってから最初の一年間はキスもしないようなそんな関係であった。俺も女子大生の1人暮らしのアパートという聖域に入りながら一年間もことを成せないヘタレであった。長く付き合ってそういう行為をするようになっても頻度はメフィストが刊行するペースくらいのものだった。俺としては少年ジャンプくらいが良かったのに、頑なにメフィストだった。せめてコロコロコミックくらいであって欲しかった。彼女の部屋や旅行で一緒に泊まっても添い寝するだけのことが多かった。俺は少しでも彼女の前でカッコつけたかったので紳士的な対応を心がけた。そういう時の俺は全自動添い寝マシーンになったと思い込み必死に煩悩を抑え込んだ。寝ている彼女の背中を後ろから抱きながら、ウディ・アレンの「アニー・ホール」では週3でも愚痴を言っていたのに…なんて思っていた。そんな大学生活だった。

 

  仕事を辞めた後、1週間くらい本当に死にたくなって困っていた時彼女から「いつまでニートするつもり?再就職どうすんの?」みたいなLINEが来て恥ずかしいことにその他人行儀な感じに耐えられなくて俺は泣いてしまった。仕事を辞めた彼氏に対して再就職の心配するのは分かるけど、死にたい時に将来のことを言われると俺は死にたくなってしまう。嘘でも気休めでもいいから「ゆっくりした方がいい」と言って欲しかった。だがいつまでもメソメソと寝ておれん、彼女に「死にたがってる奴にわざわざプレッシャーかけんな」と説教し、俺は自分の将来に1つの目標を掲げた。「公務員になる」と。なぜ公務員を目指そうと思ったのかと言うと彼女が公務員だったからだ。

 

  彼女、あんだけメンヘラっぽいくせにさらっと公務員一発合格してる凄い人だった。彼女ができるなら俺もという安直な発想で俺は公務員の予備校に入学した。よっしゃーやったるという感じで7月を過ごし、8月になって彼女が急に仕事の愚痴を言い始めた。ちょっと待ってよ。俺今からその仕事に就こうと勉強してんのにそういうこと言います?って感じになった。俺が仕事辞めた瞬間に再就職をせっつくほどドライな彼女が自分が辛くなった時だけウェットな同情を求めていることが気に入らなかった。ニートは仕事の愚痴とか聞けない。それに伴いただでさえ少なかったメフィストがブルータスのファッション特集並みの頻度になろうとしていた。働き始めてから彼女は「ごめん疲れててそういう気分じゃないの」っていうドラマみたいな台詞を言うようになった。付き合ってからそれまで断られるのも何十回目かだったけど、働いていない俺に対して当てつけでそんなステレオタイプの断り文句を言っているように聞こえた。俺のリュックサックの中には近所のHACドラッグで買った12個入りのコンドームが入っていた。その瞬間、なぜか俺は彼女の地雷原を避けるための今までビクビクしていた毎日が無性に情けなくなって、彼女の家からダッシュで自分の家に帰った後

 

「きみが性行為させてくれないならもうきみの家には行かん」

 

とLINEで送った。そうしたら冒頭の怒濤の長文LINEが送られてそのまま僕たちは終わった。

 

  送られてきた文章を読んで彼女はもしかしたらまた前のように俺がアパートの前で許しを乞うのを期待しているのでは、と思ったけど、それは俺が自分に対してうぬぼれているだけだと思い直した。大学生の時のようにアパートの前でドアが開くのを待っていたら最悪通報されてしまう。そして何より自分の経済状況では1人暮らししている彼女のアパートに行くための交通費(往復1700円)すら捻出できなくなりつつあることに気づいた。彼女に貸していた田島列島の「子供は分かってあげない」の事を考えた。おそらく読まずに捨てられてしまうのだろう。「高校生の男女の甘酸っぱい青春ストーリーですげー癒されるよ」とか言って貸したのにまさかおすすめした本人がこんな性欲まみれの俗人だったとは。

 

 

  彼女と付き合ってからの初デートは恵比寿リキッドルーム神聖かまってちゃんのワンマンだった。客層が死ぬほど悪くて本当に最悪だった。始まった瞬間人に揉みくちゃにされて速攻で彼女とはぐれた。満員電車の4倍くらいの暑苦しさだった。客同士のトラブルでなんかピリつく一瞬があったり、の子とmonoが殴り合って退場して一時中断するし、ちばぎんがMCで「こんなバンド嫌だ」って愚痴っていた。俺は神聖かまってちゃんに全く興味なかったので予習のためTSUTAYAでアルバムは借りたけど半分くらいしか聴いてなかったのでなんの曲かほとんど分からなかった。ライブの中断から戻ってきたの子は「死にたい季節」を歌った。その「死にたい季節」は俺が予習をした中でなんか良いなって思ってた曲だった。の子は泣きながら歌っていた。その日のライブで1番熱が入った曲だったと思う。一時中断で冷めていた会場が一気に爆発するようなそんな演奏だった。彼女もこの人混みのどこかで飛び跳ねているのだろうか。終わってからライブハウスの前で待ち合わせて一緒に帰った。やっぱ生はすごかったねと言いながら。

 

 あの日の演奏がYouTubeにアップされていて、その動画の中には見えないけどまだ付き合ったばかりの俺と彼女が大勢の観客のどこかで飛び跳ねているはずで、それは運命の不可逆性から自由になった恋の瞬間が時間が止まったみたいに保存されているようで面白い。

 

 

www.youtube.com

 

 

子供はわかってあげない(上) (モーニング KC)

子供はわかってあげない(上) (モーニング KC)

 

 

 

 

 

2017卒が2ヶ月半でニートになった話をします。

   

     わが半生    中原 中也

 

  私は随分苦労して来た。

  それがどうした苦労であつたか、

  語らうなぞとはつゆさへ思はぬ。

  またその苦労が果して価値の

  あつたものかなかつたものか、

  そんなことなぞ考へてもみぬ。

 

  とにかく私は苦労して来た。

  苦労して来たことであつた!

  そして、今、此処、机の前の、

  自分を見出すばつかりだ。

  じつと手を出し眺めるほどの

  ことしか私は出来ないのだ。

 

  外では今宵、木の葉がそよぐ。

  はるかな気持の、春の宵だ。

  そして私は、静かに死ぬる、

  坐つたまんまで、死んでゆくのだ。

 

        詩集『在りし日の歌』1938年(昭和13)

 

 

 今年の3月まで大学生で4月からの2か月間だけ東京の会社でサラリーマンやって、人間関係がどうにも上手くいかなくなって6月に仕事を辞めて、そのまま再就職をするわけでもなく今に至るわけなのですが、昨今騒がれている「仕事をすぐ辞めるゆとり新卒」というのを100%体現してしまっていてなんだか恥ずかしい。

 大学4年生の時に就職活動というのをやっていたけど、驚くほど自分に向いてねえなっていう漠然とした感触があって、ゴミみたいなモチベーションのままうだうだとやっていたら案の定全然内定もらえなくて10月の後半まで無内定で周りからの目が痛かった。

 

 結局従業員50人くらいの小さな会社から内定が出て、これまでの苦労を考えると到底就職活動を続けていく気になれなくて、その内定を出してくれた会社に行くことにした。今にして思うと、人生を左右する新卒の会社選びを「一番初めに内定くれたから」という安易な気持ちで決めてしまったのは愚策だった。

 その会社の内定通知書の書類が自分の名前を間違えて送られてきて、「こんなミスをする人がいるのか」って思った。だって就活してるこっち側からすると履歴書の志望動機を応募してる会社じゃない別の会社名で書いちゃうみたいなミスじゃないですか。今にして思うとこれもいい加減な会社だという前ふりだったのかもしれない。いい加減に就活しているといい加減な会社にしか引っかからないものなのだ。

 

 その会社は小さい会社だったので従業員のほとんどが中途入社の人たちで、新卒をとるようになったのはここ数年のことだと説明を受けた。2017年の新卒採用も俺一人だった。同期の社員がいないのは心細かったが一つ上に去年入社した先輩もいるらしいし、一人しか新卒がいないなら仕事の指導もつきっきりで教えてもらえるのだろうと良い方向に考えることにした。

 内定を出したのが一人だけだったので内定式は行われなかったが、朝礼で自己紹介のあいさつをすることになった。人前で喋ることが何よりも苦手な俺は、死にたくなるくらいユウウツになったがなけなしのから元気を振り絞ってなんとかあいさつを終えた。そのあと自分の配属される部署の人たちにひとりずつ挨拶をしにいった。入社した後に少しでもかわいがってもらえるようなけなしのチャーミングさを振り絞って愛想をふりまいた。それらを終えて会社を後にするときに「ここで来年の春から俺は働くのか」と思った。その時は小さいけど活気があって楽しそうな会社に見えた。

 

 大学を卒業して4月になって、その会社に入社して晴れて俺はサラリーマンとなった。最初のうちはひたすら研修をすることになった。扱っている商品はこれまでの人生に関わりのなかったまったく未知なる世界だったので覚えることが多すぎて死ぬかと思った。研修をしてくださったのは会社の重鎮的なポジションの年配の社員の方々だった。時々あまりの退屈さに睡魔に襲われるも、必死に眠気をこらえた。それが大体最初の一ヶ月くらい。社内での研修が終わった後は営業所に配属されて先輩社員に同行するようになった。

 

 俺のOJTを担当してくださった先輩社員はダイアンのボケの人に似ていたので、ここでは西澤先輩と呼ぶことにする。初日から同行の車の中で西澤先輩は延々と会社にいる人の悪口を言い続けていた。「〇〇は使えないから言うことを聞いてはダメ」「△△はコネで出世したカス」これが社会なのかと思ってびっくりしたが同意したら俺もその人を悪く言うことになってしまうのでは、と思い「そうなんですか」と「いや自分には分からないです」を駆使して逃げようとしたがそうすると西澤先輩が急に「あの、お前さ。さっきから俺の言うことにいちいち口答えしてない?」と言った。

 今にして思うと、もうこの時点でちょっと辞めたくなっていたと思う。たとえ先輩の言うことであっても喋ったことすらない人の悪口に新入社員が同意するのは俺の中ではいけないことなんじゃないのっていうこだわりがあった。でもこの西澤先輩とうまくやっていくにはこういった話題に逐一賛同しないと「生意気なやつ」とレッテルを貼られてしまう。つーか「人数は少ないけどアットホームな職場」ってマイナビに載せてたくせにこういうガキみたいなことやってんでしょ。いい大人が。

 

  それから先はもう転がるように当たりがキツくなっていって…という感じなんだけど、もしかしたら自分のメンタルが弱すぎて西澤先輩は先輩社員としてごく普通の対応なのかもしれない。どう当たりがキツくなっていったかって言うのを一つ一つ掘り下げていくと心が痛くなるけど。例えば他会社の人を交えてキャバクラ連れていってもらった時に、終わって店出た後に「ごちそうさまが聞こえなかった」と他会社の人の前で頭を掴まれて怒鳴られたり、仕事でミスをした時に課長にアドバイスをもらいにいったら「まず俺に話を通せや」と会社内で胸倉掴まれて怒鳴られたりした。西澤先輩の手が出たのはその二回だけです。西澤先輩は「金にならないし邪魔だから新入社員のOJTなんてしたくない」と公言しており、「くだらない質問を俺の仕事中にしてきたらぶん殴る」と俺に常々忠告してくださった。で、結局、周りの人物に相談しても「俺に話を通せや」って言うなら俺はどうすりゃ殴られずに済むんですか。

 

 案の定仕事のしの字も分かっておらず基本的なビジネスマナーや常識に疎い俺は度々深刻なミスをするようになった。ミスが重なるにつれて西澤先輩は俺の両親や大学の教育に苦言を呈するようになった。「なんでお前こんな簡単な仕事もできないバカなの?」など言われた。でも、それは正論だった。俺は本当に使えなかった。どのくらい使えないかと言うと会社の電話に出るときに「もしもし」と言って出たり、見積書のシャチハタがうまく押せなくて何十回もやり直したり、営業車のサイドミラーを車庫入れの時に柱にぶつけてぶっ壊したり、納品の時に手元が覚束なさすぎて得意先の人に説教されたり、あまりにも使えなさすぎて得意先から出入り禁止を言い渡されたり、した。

 たった2ヶ月でこんなミスをして会社に迷惑をかけて西澤先輩に怒鳴られたりしてもう心が死ぬ、と感じた。毎日朝ごはんがまったく味のしない糊を食べてるみたいになって通勤電車で神聖かまってちゃんを聴いてほんのり泣いたり西澤先輩のお叱りの後の1人で外回りするとき中央線で銀杏BOYZを聴いて号泣したりした。休日に新海誠の「言の葉の庭」を観返した時も舞城王太郎の「好き好き大好き超愛してる」読んだ時もなぜか涙がとまらなくなってしまった。

 

 ある同行営業のとき、仕事終わったら西澤先輩に飲みに行こうと誘われた。平日に飲みに誘われるとか迷惑以外の何物でもないが断るとまた何かされるのではと思い、連れて行ってもらった。飲んでいるうちに「お前とにかく元気がないよ」「なんでそんなに無表情なの?」「なんで何も話さないの?」などと言われた。でも実際俺は、仕事が嫌で元気がないし、西澤先輩の前にいるとうまく笑えなくなるし何か変なこと喋ると西澤先輩に怒られるから喋る気になれなかっただけだ。西澤先輩の目の前にいる俺は西澤先輩を怒らせないためだけに思考して行動するマシーンと化しているのに、なんでこの期に及んでそれ以上のことを求めるんだろうか。「お前さあハッキリ言って営業向いてないよ。センスがない」「お前と話していると本当つまんない」「お前バカのくせに自分のこと頭がいいと思ってんだろ。そういうとこがムカつくんだよ」「お前のこといつか絶対シメるから」俺自身も西澤先輩の前で会話したりする俺が嫌いだった。言いたいことも言えないでただ怯えながら顔色伺う挙動不審なキモいやつだった。

 

 その飲みの終わりの方に西澤先輩は俺に「俺実はさ、喧嘩した相手を障碍者にしたことがあるんだよね」と言ってきた。あーはいはいヤンキー特有の学生の時の武勇伝語りですか、と頭の中で毒づいて当たり障りのない返事をしようとしたら「あん時はさすがに裁判やらあったし会社クビになるかと思って焦ったわ」と続けて言われた。その時、生まれて初めて本当に戦慄のようなものが走った。お酒の酔いがスッと引いて今までにない速度で思考が走って、この人は会社に勤めていながら過去に裁判沙汰になるような傷害事件を起こしておいてそれでいて俺にあんだけ偉そうにサラリーマンとしての在り方を説いていたの?なんで傷害事件を起こしておいてクビにならないの?仕事ができるから?どうしてこの会社はそういった人物を新入社員の育成係のポジションに配置するの?などと頭の中が疑問でいっぱいになって気持ち悪いし、というよりもう一刻も早く帰りたくなって、この西澤先輩と二人で飲んでいるという状況に嫌悪感が湧いてきた。

 

 それで、この飲み会の次の週くらいに西澤先輩が直帰の日を見計らって人事に相談し、西澤先輩の言っていたことの事実関係を確認し、そのうえで「辞めたい」という旨を伝える。その間ずっとなぜか俺号泣しまくり鼻水たらしまくり。一生分の涙をその辞める相談の時に流したと思う。たった2ヶ月で世界の真理の一端を知りました。仕事ができる人は傷害事件を起こしても会社はクビにならないし、傷害事件を起こさなくても仕事できない使えない俺は人間扱いされなくて時々暴力をふるわれかねない、ということ。これが漫画ならなにくそと踏ん張って仕事をできるようになっていつか西澤先輩を見返すぞとかいう方向に行くかもしれないけど、現実なので俺はうんざりして仕事を投げ出してそのまま逃げ出しました。というかこれ以上西澤先輩の近くにいてそういう価値観の元で生きるようになってしまったら死ぬ方がマシだって本気で思えて、俺は仕事ができて人に暴力を振るう人と仕事ができなくて暴力を振るわない人の二択だったら後者の方がエラいとしか考えられないです。でも会社ってそんな甘っちょろいものじゃなくて前者の方が利益を出すという観点においては重要視されるわけじゃないですか。

 

 だから、俺もういいです。会社降ります。社会降ります。そういう感じになりました。俺みたいに会社という組織に馴染めなくて、仕事もできなくてこれといった取り柄もないつまらない人間はおとなしく自分の部屋に引きこもって外に出ません。なぜなら外はオオカミでいっぱいだから。いま、ブラック企業とかで働いてる人も嫌だったら辞めればいいと思う。嫌なことからは逃げた方がいいです。嫌なことやその許容量は人それぞれだし、周りから何を言われても自分が嫌だったり我慢できないことはもうしょうがないんです。それをこらえ続けると絶対にどこかで歪が生じます。本当に。俺の場合はありえないくらい泣き虫になりました。会社に勤めるまでは卒業式ですら泣かないポーカーフェイスだったのに西澤先輩に詰められ始めてから1ヶ月間は森公美子ばりに毎日泣いてました。知っている誰かが近くにいると堪えられるんですけど、一人になったら急にくるんですよね。幼稚園児が泣くときみたいにガチなのが。たぶん感情を抑える脳の部位が故障したんだと思います。あのまま会社に身を置いていたら職場で急に泣き出す痛いメンヘラみたいになってたかも。辞める時も人事の前で泣いていたけど。22歳の男のガチ泣きって想像を絶するほど見苦しいし、こうやって毎日めそめそ泣いてみじめに暮らすならニートのほうがよっぽど人間らしい暮らしだと思って会社をドロップアウトしました。今の自分を生かしてくれるのは漫画とか小説とか映画とかそういった楽しいものだけなんで、もう一生こうやってダラダラしてたい。

 

 俺は仕事できないし、したくない。会社が俺にとって死にたさを生み出す工場でしかなかったんで、とりあえず再就職もしたくないです。これが仕事を2ヶ月半で辞めた2017卒ニートの心境です。はい。さよなら。

 

 

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

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