コンテンツ化された苦悩

憎み憎まれて生きるのさ

24歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

彼女ができた

 「天国への階段」を飲んで潰れて家の近所でリュックをなくしてしまう日の、3日くらい前に彼女ができた。

 例によってマッチングアプリを駆使した。6月に前の恋人にフラれて7月に新しい人と付き合うことになって、いささかせわしない感じはある。わざわざブログに書くことではないな。1回会って飲んで2回目に告白してという至極つまらないパターンで付き合うこととなる。
人間万事塞翁が馬。禍福は糾える縄の如し。
 人間関係及び恋愛関係に全体的にぼんやりとした不信感を持っている私だから、先は見えない。またすぐにフラれてしまうかもしれない。この関係が一夏のアバンチュールにならないようがんばりっていきたい所存。

 俺も24にもなって来年の仕事も見つからないし、たまに酔ってどうしようもない失敗をしたり、しょうもない毎日を過ごしているが、付き合ってくれる女の子は神様なんじゃないだろうか。車の運転もできない実家暮らしの左ききのB型…。
 心を入れ替えて頑張っていこうと思う。恥ずかしい話だが、彼女の好きな小説家の本を片っ端から読むという中学生女子みたいな行動をしている。こういうことをするからフラれるんだろうか。

 いやそもそも彼女ができて浮かれてブログに書くという非モテメンタルがよくないのだろうか。女の子と付き合っていると、いつフラれるんだろう。ということばっかり考えてしまう。

「誕生こそ消滅の始まりなのだよ 木村くん」

 「鉄コン筋クリート」という作品の中で部下に裏切られたヤクザが殺される寸前に言った台詞である。始まりがあれば終わりがある。当たり前のことだが、今まさに自分が殺されようとする場面で悠然と運命を受け入れる格好良さ。自分はフラれるたびに人類で1番みっともないフラれ方を更新してんじゃないかってくらいジタバタするので見習いたい。

 そもそも、フラれないために何を頑張ればよいのか。間違いなく筋トレだ。

 まず第一に痩せるべきである。

そしてお酒をやめる。

正規の仕事を見つける。

マッチングアプリをやめる。

 これに尽きる。これさえこなせばもっとまともになれるはずだ。今の俺にとって必要なのは精神の自立。女の子に寄っかからないと病むようなメンタルを捨てて、一人前にならないとこっから先本当にどうしようもない。てか、そうなるとお酒なしで人と喋れるようにならなきゃいけないのか。まずいなあ。彼女との待ち合わせの前に緊張をほぐすためストロングゼロ500ml缶飲むのやめないと。

 人間が怖い。俺のクレジットカードで勝手に12万使うようなマザファッカもいるし、俺と付き合ってくれるような酔狂な女の子もいて、まあ基本的にはマザファッカなんだけど100人に1人くらいはいい人なんだろう。自分自身は99人の方のマザファッカ野郎なのだが、なんとかして成り上がっていきたい。

 またフラれたら記事を書くことになると思う。

 

格好悪いふられ方

格好悪いふられ方

 

 

 

Once there was a way to get back homeward

朝起きたら外にいて肩にゲロがついていた。
反射的に飛び起きて、記憶を辿る。昨日の夜から俺は何をしていたんだっけ。周りを見渡すと最寄り駅から家のちょうど中間地点にあるアパートの路上に面した階段部分に寝ていたらしい。吐瀉物の水たまりが数箇所。頭の近くにミネラルウォーターのペットボトル。そしてリュックサックがない。友達とHUBにいって「天国への階段」を2〜3杯飲んでからの記憶がない。大学の時に急性アルコール中毒で入院した時と同じ記憶の飛び方だった。
ひとまず家に帰ってゲロのついたシャツを浴室で洗い、そのままシャワーを浴び、携帯で友達に連絡を取る。
「家の近所に寝ててリュックがないんだけど」「最寄駅まではちゃんと背負ってたよ」
朝ごはんを食べてから、家を飛び出して駅までの道を辿って探しにいく。ない。交番に紛失届を出す。夕方に警察から連絡が。財布が届いたらしい。受け取りにいくと金と保険証とクレジットカード数枚抜かれたお財布が届いてて、どこにあったか訊くと、家の近所だけど駅から家までの道から大きく離れた場所なので多分知らん人に取られたんだろなあと思う。
数日後カードとめようとクレジットカードの会社に電話したらリュックを失くした日に合計で12万くらい買い物されてることが判明。お酒をやめることを誓う。
自分の酒癖の悪さが怖い。
刺青屋さんが最寄駅にあったら朝起きたときLIL PUMPみたいになってるだろう。
お酒を飲んで記憶をなくすとなくし癖がつくらしい。これからはほろ酔い以外飲みません。俺は酒の味が好きなわけではなくて酩酊した状態が心地よくてつい飲み過ぎてしまうので、これからはLSDとかマジックマッシュルームとかそういうサイケデリクス方面で頑張っていきたい。つまり、アンダーグラウンド方面に肉薄したILLなラッパーになるしかない。当方、無敵のリリックメイカー。DJ募集中。

なんて冗談を言っている場合ではない。

夏休みの初日に財布をなくしたおかげでどこへも行くことができなくなってしまった。細々した後始末にも心すり減ったが、1番悲しいのは最寄駅までリュックを背負っていながらたった15分間歩いて自宅へ帰るという小学生でもできるミッションに失敗したということだ。はじめてのおつかいがモンハンの卵運搬クエスト並みの難易度になっちまった。今やっている仕事的にもこういうだらしない失敗は御法度なのに。俺は一体…。

というわけで、もう今のメンタルは鬼。神に会えば神を殺し、仏に会えば仏を殺し、とかそういう状態に陥った。はっきしいって前後不覚になるまで酔った自分が悪いのだが。

緊張感を持つために新しいリュックはめちゃくちゃ高いやつにしようと思う。

ジーンズの記事とか書いてる場合じゃねえ。

 

酔って記憶をなくします (新潮文庫)

酔って記憶をなくします (新潮文庫)

 

 

 

 

A.P.C.のジーンズを買った。

それにだ、個性なんていうものをだよ、既製服屋や洋品店で一万円や二万円の値段で売っているものかどうか、暇な時にでもとっくり考えてみるんだな。

 夏休みなのに予定がなさすぎる。

 じゃあ仕事しろって話だけど、無駄に強気に休みとってしまったせいで 、8月は2週間くらい休むことになって途方に暮れている。時間は無駄にあるけど金も気力もない。彼女もいない。なにをしろって言うんだ。

 青春18きっぷで大阪らへんに行きたいな。という漠然としたアイデアが頭の片隅にあるが実行するかは未定。なんにせよ自分ひとりで行くことになる。腰と気が重い。

 今日も休みだったが、昼まで寝て起きてたらこスパゲッティ食べて、地元のスポーツセンター行ってドトールでパインヨーグルト(S)を飲みながらブログを書くという不毛な休日感たっぷりで嫌になる。Wi-Fiが切れるまでの3時間のうちに書き上げられるか。ドトールのパインヨーグルトおいしいけど、甘くて濃厚すぎじゃん。ネパール人のやっているインドカレー屋で頼むラッシーくらい甘い。HIPHOPってやつはいつだって濃厚。甘くねーやつはF××Kだろうよ。

 久しぶりのブログなので自分の近況をおばあちゃんに報告するくらいのテンションで記す。

仕事→順調とは言い難い。信じられないタイミングで有給を取って顰蹙を買う。

恋愛→先月フラれる。マッチングアプリのやりすぎで、視力を落とす。

趣味→2本立て映画に行った。スパイク・リースパイク・ジョーンズは別人らしい。

耳鳴り→やまない。

口内炎→ベロの先。いたい。

 

アー・ペー・セー(A.P.C.)は、1987年にジャン・トゥイトゥが設立したブランドで、彼は1951年にチュニジアで誕生している。パリのソルボンヌ大学言語学歴史学を学んでおり、卒業後には南米を旅している。1977年に帰国した後は、パリのケンゾーに入社しており、倉庫係からのスタートであった。その後にアニエスベーを経て、同僚の入江末男と共にIRIE(イリエ)を設立している。そして、1986年にメンズブランドのアーペーセーをパリで発表することになる。A.P.Cのブランドネームは、Atelier de Production et de Creation(生産と創造の工房)に由来している。デザイナーの名前を服のデザインに結び付けない意図が込められており、製品の品質重視の姿勢が表れている。デザインのベースはフレンチベーシックで、機能的ファッションを基本としている。それに加えて、反骨的な精神のある、ストリートを意識した仕上がりが特徴となっている。

 

 アー・ペー・セー(A.P.C.)のデニムは、根強いファンを有しており、リピーターも多くなっている。特に、ニュートラルとオリジナル感が調和したデザインとなっており、程よい定番感が醸し出されている。素材には綿100パーセントのストレッチが採用されていることも、機能性重視の姿勢の表れとなっている。その他、ウエストベルトのタグレスやヒップポケットのステッチレスなど、細かい配慮がなされているのが特徴となっている。通常のジーンズでは、専業ブランドからメゾンブランドまで多岐にわたっているが、同じブランド内でもタイプの細分化が進んでいる。選択肢が多いことの反面、モデルやブランドによって、品質にもバラツキが生じる傾向にある。一方、A.P.C.ジーンズはどのタイプも品質が安定しているのが特徴である。 


アー・ペー・セー(A.P.C.)の魅力は、そのニュートラル感にあり、中立的なブランドイメージが高い支持を受けている。若い世代は自己主張の強いファッションに惹かれるが、30代を過ぎると素材やシルエットにこだわりつつ、過度なファッションアピールを避けるようになる。そうした点において、A.P.C.の持つニュートラルなブランドイメージは、時代の流行り廃れに影響されない定番性を持っている。特に、当ブランドが展開するデニムは、アメカジをはじめ、イタリアカジュアルやフレンチカジュアルにも馴染むフラットさを有している。しかも、ニュートラル感を残しながらも、しっかりとオリジナル性を感じさせるのが、大きな魅力となっている。

https://www.vogue.co.jp/tag/APC

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 引用ながっ。

 A.P.C.ジーンズ買った。職場の近くにリサイクルショップが出来て、そこに入り浸っているうちに発見、購入に至る。ほぼ新品だと思われる。30インチ。NEW CUREというスキニーシルエットのモデルらしい。写真の撮り方が分からない。アップで撮りすぎて全然スキニーに見えない。現在は廃番となっているので、レアものと言っていいんじゃないか。なんで廃番になったモデルが新品同様でリサイクルショップに流れ着いたのかは謎。こんな暑い時期にジーンズ履けるわけもなく、試着した時と買った後に家でもう一回着た時の2回くらいしか足を通していない。なんで買ったかというと「綺麗めなジーンズといったらコレ」みたいなイメージがあったので欲しくなった。ミニマリストのファッションブログとか読むとジーンズのA.P.C.率異常。正直見飽きた感じもあるが、「そんな言うなら買ったろかい」の精神。フランスのブランドだし、リジッドだし、赤耳だし。まあジーンズのディティールに関しては全く自信がない。俺たちゃ広告に踊らされてジーンズを買わされているんだ。資本主義。

 足を通した感想

 かたい like a  鬼ひび

 予想より生地ががっしりしていてビビる。ミニマリスト共はこんなハードなワークウェアを愛用しているのかよ。意外とあなどれない。たぶん糊がついたままなので、洗濯したら多少やわらかくなるのかな。なんにせよ、秋になるまでは出番はないだろう。

 どうでもいいが「ジーンズを育てる」と言った言い回しには、教育に携わる者として異議を唱えたい。無機物に育てるもクソもないやろ。教育課程をしっかり構築してから言ってほしい。教育実習に行って言うこときかないジーンズに四苦八苦してほしい。ジーンズの保護者との関わりに心すり減らしてほしい。どうでもいいか。

 

 

SIMON MILLERのジーンズ買った。

「混乱を極め問題を抱えた社会でファッションが何の役に立つ?事態は深刻だと。 だが、要するにファッションは鎧なんだ、日々を生き抜くための。手放せば文明を 捨てたも同然だ。と僕は思う。」

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 それにしても写真撮るの下手すぎる。ジーンズの記事で履いている写真とか全体像すら載せないスタイル。唯一無二。

 女の子と別れてしまい少しお金に余裕ができたのもあって、金の使い道が下手な俺はとりあえず服を揃えようと思った。来たるべき出会いのためのささやかな自己投資。この2ヶ月でジーンズが4本も増えたわ。新しいジーンズを買ったとて一緒に遊びに行く女の子も自慢する友達もいないのでブログに書き記しておこうと思う。

 SIMON MILLERというブランドのスキニージーンズをBOOKOFFにて購入。購入の決め手はアメリカ製でセルビッジでしかも安かったからだ。(たしか6000円くらいだった気がする。)履いてみたら生地は綿100%なのにストレッチ素材かなと思うくらい柔らかい。俺は175cmの中肉中背なのでいつもボトムスのウエストは29〜30インチで買ってるけど、これは31インチである。シルエットがタイトなので一つ上のサイズだけどブカブカした感じはしない。驚くほど裾が余ったので直し屋に出してバッサリいってもらった。少し切りすぎた気がしなくもないが、もうしょうがない。

 それにしても「SIMON MILLER」というブランド調べてもあんまりメンズラインの情報は出てこない。日本ではあまり展開していないのかしら。ウィメンズの服はバーニーズ ニューヨークのオンラインショップで取り扱いがある。

【SIMON MILLER/サイモン ミラー】
デニムアイテムで有名なSIMON MILLER。
ニュージーランドウェリントンの郊外にある小さな町で生まれたサイモン・ミラー。「NSF」や日本の「ロンハーマン」で、フリーランスとしての活動を開始し、2012年1月に「ファブリック・ブランド」を立ち上げました。
クオリティーの高いパターンや、ミニマルなデザインに見られるミラーの美意識が落とし込まれたアイテムを展開。
2015春夏コレクションよりウィメンズラインがデビューしました。

 へえ〜。知らね。2015年にウィメンズラインがデビューしたのに日本のネットショップではウィメンズしか取り扱いがないってメンズライン不人気ってこと?つまりこのブランドのメンズラインを持っているのはかなりレアなのではないか。ジーンズのディテールを語る知識ないにわかとしてはもっと「自慢できる要素」が欲しい。

 ものすごくオシャレと程遠い発想だけどロゴとかばっちりしてる方が、「この服着てるぜ」感が高まる気がする。どうでもいいけど美輪明宏は服買ってすぐロゴ取っちゃうらしい。自分がしっかりある人は「服なんて俺を引き立てるためのものでロゴなんて飾りや」という所にたどり着くのかもしれないが、自己主張が極端に薄い俺は服にアイデンティティを託してさりげなくアピールしたいというマインド。例えば同じボタンダウンシャツを着たとしてもラルフローレンとブルックスブラザーズだとロゴが有名なラルフローレンのが強い…的な。でも分かってもらえた時の破壊力はブルックスブラザーズのがあるので、結局両方買っときたいよね。とか。この例え自体がダサい?知らねえ。

 そういう意味で「SIMON MILLER」ものすごく自己主張薄い。後ろのポケットに特徴的なステッチがあるわけでもなし。(あったらあったで避けるけど) てかジーンズなのに革パッチすらない。知名度もないっぽい。(俺が知らなかっただけでデニム詳しい人には知られてるのだろうか?) ぱっと見で俺みたいな地味なやつが履いていたら「それUNIQLOっしょ」とか言われそうなほど特徴がない。まあちゃんとしたジーンズはこんくらい薄味から慣らしていこう…と思った次第である。あと調べたらジョニー・デップ愛用って書いてある。それはそれで少し恥ずかしいな。履いてたら俺がジョニー・デップに憧れてるみたいにならない?ならないか。

 普段はストレートのワークパンツをよく履いてるのに特に興味もなかったスキニージーンズをわざわざ買うとは思わなんだ。今までの自分とは違った服を買いたくなった。言ってしまえばそれだけのことである。服というのは買えば今までの自分を変えてくれるのでは、と錯覚させてくれる。新しい自分になるための変身アイテム。あるいはもっと切実なもの。拠り所のない失恋男の自己肯定感を支えてくれる。

 

 この記事のやつ以外にあと3本ほど控えてるけど、ジーンズに詳しくない男のジーンズレビューという恐ろしく購読層が限定される記事、書いててなんだかなあと思う。

 BOOKOFFで古着を選んでる俺はレコード屋でヴァイナルをDIGるディスクジョッキーよりも真剣なまなざし。ちゃんとマッチングアプリのプロフィール欄にも「古着屋が好き」と書いている。まあ古着屋じゃなくてBOOKOFFなんだけど。

 

リジッドデニムはきみに語りかける

ヴィンテージのジーンズにうるさい男ってなんかDVしてそう。

ーももしろ (1995〜)

 

「完璧なTシャツ5枚と、やはり完璧なジーンズが3本あれば、相当なあいだ幸せでいられます。」

『チープ・シック』

 

 俺バカだから「ノームコア」とか「 ミニマリズム」とか「丁寧な生活」とかよく分かんねえけどよお...「綺麗めのジーンズ一本持っておくと便利」ってよく言うよな。

 「女の子にフラれた」っていうのが関係あるのかはいったん置いといたとしても最近、確実に物欲が馬鹿になっていてやたらとジーンズを買っている。意味の分からない衝動買いをしているときのドーパミンがいちばんトべるわ。まあ買ってんのほとんど古着なんだけど。

 ジーンズは今までそんな履いてる方じゃなかった。夏に履くには暑いし、冬は着るとき冷たいし生地伸びないしゴワゴワしてるしポッケに物入れっぱなしにしてると変な色落ちするし…とか「嫌いでもないけど、着る理由もあんまないな」ってな具合で、GAPの作業用って感じで履きつぶしてる一本と、大学生の時に古着屋で買ったけど色落ちするの気が引けて履いてないリーバイスの501を一本持ってるくらいであった。

 主張の強い服があんま好きじゃない。ヴィンテージのジーンズはわりと最たるやつ。

 革ジャンとかジーンズとかに顕著な「男のこだわり」みたいなの、マジでめんどくさいなあって思う。こだわる人はものすごいとこまでこだわるじゃないすか。やれアタリが、ハチノスが、バックステッチが、チェーンステッチが、隠しリベットが、ビッグEが、革パッチが、セルビッジが…とかそこまで熱中できる情熱、うっとおしいなあと思いつつも少しうらやましい。自分視力が良くないから、自分の履いてるジーンズさえそんな細かいところ見えんのに、他人の履いてるのなんてなおさら見えねーよっていう。「分かる人には分かる」ほとんど自己満足の世界なんでしょうね。

 いま職場行く時の恰好死ぬほどラフで、毎日Tシャツにワークパンツっていう、だらしない大学生みたいな服装で通勤してるので、快適さで選んだらジーンズなおさら選ばんわ。ワークパンツ超好き。CARHARTTの中国製のやっすいやつ履いてるけど、ポリ混のペラッペラの生地が涼しいし、ストンとした太さで動きやすいしで「もうこれでいいよこれで」みたいな思考に至り、ほぼ毎日お世話になっている。ジーンズを捨てよ、ワークパンツを履こう。

www.youtube.com

(「チャコールできめるムード 365874 dickeys」というリリック。おしゃれすぎる。「毎日ディッキーズを履いてます」ってだけのコトをここまでかっこよく言いかえられるか?普通)

 

ところが最近院生だった友達が就職して初任給でポーンと2万の桃太郎ジーンズ買ったっていう話をきいて、まんまと影響されるという。それにしても「桃太郎ジーンズ」って名前はいかがなものかと思う…。ものはかっこいいけど。

BRAND CONCEPT

「桃太郎」と言えば「岡山」
「岡山」と言えば「桃太郎」

今やジーンズの聖地と言われる倉敷市児島。この小さな町から世界No.1ブランドを目指して2006年に誕生したのが「桃太郎ジーンズ」です。
ジーンズ(道具)を通して、人生や生活、心がより豊になるように、桃太郎ジーンズは単なる流行を追及するのではなく、末永く愛されるリアルクロージングブランドとして、デニムそのものを理解し、デニムの「青」にこだわり、「青」を追及しています。
大人になっても楽しめるカジュアルライフの本物の「道具」としてのジーンズを提供していきます。 

www.momotarojeans.com

 

「男たるもの初任給貰ったらええデニム買うて長年履きこんでいくもんやろがい」「ふーん」と聞き流していたが、ふつうに欲しくなってしまったので、家に帰って検索しまくりデニムフリークの偏執的なブログを読み漁り古着屋を堀りに行くようになったのだった。成り行きで就労してるとはいえ、教育者の端くれとして、生徒たちを育てる前にジーンズを育てようと決意した次第である。新品を買う経済力はない。元彼女と付き合っていたとき毎週末にラブホテル行ってたせいで、貯金全然できなかったから。

 とはいえ、趣味の服を仕事に履いていくのは嫌だし、結局週二日しか履く機会ないのになんで俺はジーンズを3本も買ってしまったんだろう。服持ってる人からしたら「ジーンズ3本くらいで」と思うかもしれないけど、もともと持っている2本でさえ片方を月に一回履くか履かないかくらいのペースだったのにここにきて3本追加っていう。

てか、もう夏だし。本格的に履くのは秋ごろからだろう多分。なんでこの時期に。欲しいと思ったらアホみたいに買ってしまう浅はかなマザファカなのかな。

服をモノ中心で揃えていくって発想がそもそもダサいのではないか?

筋トレ始めたのにぎりぎり履けるスキニージーンズを買うのはあまりにもリスキーではないか?

ブログに書くことがないので、最近買ったジーンズについて書いたりしていこうかなとか思います。方向性が迷子。

 

チープ・シック―お金をかけないでシックに着こなす法

チープ・シック―お金をかけないでシックに着こなす法

 

 

そんな世界は綺麗じゃないだろ

キャベツ畑やコウノトリを信じている可愛い女の子に無修正のポルノを突き付ける時を想像するような下卑た快感

って有名な台詞が冨樫義博の『幽遊白書』に出てくる。イノセントな心を汚す快感について言及した台詞だけど。まず、こういう露悪的な観念を端的に言葉に置き換える作者の表現力に感心すると同時に、「そういう気持ち分かるなあ」と共感してしまう。

俺も自慢じゃないけど最ッ低のブロガー 。プライベートも大抵はNG。硬派のフリして女たらし。見とれてるあの子の最高のケツに。自己中、典型的なB型。tinderしたいから帰っていいかな?道行く人間に値段をつけてる。あいつもクズ こいつもクズ 。勉強ダメ 運動ダメ。
だから言われたんだニートはヤベえ。

世界はそんな綺麗じゃない。無傷のまま切り抜けるにはあまりにも困難が多い。

俺の好きな映画、デヴィッド・フィンチャー監督の「セブン」にも「世界はそんな綺麗じゃない問題」に言及した台詞が出てくる。

サマセット「俺はもう、無関心がまるで美徳のようにもてはやされ、大事にされる場所には住み続けられないんだよ」

ミルズ「あんただって同じだろ?あんたの方がマシなわけじゃない」

サマセット「おれは違うとか、マシだとか言ってるんじゃない。無関心が解決法だってことは、よく分かるんだよ。イヤってほどにな。人生に立ち向かうより、ドラッグに逃げるほうが楽だ。手に入れるより、盗んだほうが楽だ。子どもを育てるより、殴るほうが楽だ。愛は大変だ。努力と手間がかかる」

 有名な映画だからいちいち説明しないけども。七つの大罪になぞらえた連続殺人がテーマの物語で、厭世観を抱えた退職間際の警官サマセットと使命感に燃える情熱的な若い警官ミルズの掛け合い。サマセットは長年凄惨な事件に立ち会ったせいで心身ともに疲れ果てている。若い頃にもこんな薄汚れた世界で子どもを育てることはできないと当時付き合っていた恋人が妊娠した時に中絶させることを選んだ経験がある。ネタバレになるがこの物語でも残虐な犯人により最終的に無垢なる存在が徹底的に損なわれる。ある意味サマセットが言った通りのクソみたいな世界が徹底して描かれる。

シベールの日曜日』は、現代に生きるためには、無垢な心がどのような報復をうけねばならないかということを物語る残酷な映画であった。ガラス玉を星のかけらと思いこめる感受性は、その星のかけらの鋭い刃先でみずからの心を傷つける。

(寺山修司)

 雨がっぱ少女群の漫画、「ソラを渡る円環」に出てくる女の子。両親に虐待されている。過疎化が進み遊園地の観覧車も止まったままのさびれた街を抜け出すことを夢見ている。行き先はまだ一度も見たことがない動いてる観覧車のある「おだいば」だ。「一緒に東京に行こう」と唆されて、近所に住む青年に身体を許す。後日、その青年の家をこっそり覗くと自分と同じような誘い文句で別の女児が言いなりにされているのを見てしまう。騙されたことに気づいた女の子はさびれた街をひとり歩いて帰って行く。

 そして、この見開きである。

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 ロリエロ漫画のたかだか20数ページの短編でわざわざ4ページを見開きに費やす構成。ドープすぎる。現実では小さくリアルに描かれた朽ち果てた観覧車が、心象風景の中では空を覆い尽くすように光り輝いて回っている。純粋無垢な空想が美しければ美しいほど、それを失ったことのやりきれなさが際立つ。

 晩年の芥川龍之介の話ですが、時々芥川の家へやってくる農民作家――この人は自身が本当の水呑百姓の生活をしている人なのですが、あるとき原稿を持ってきました。芥川が読んでみると、ある百姓が子供をもうけましたが、貧乏で、もし育てれば、親子共倒れの状態になるばかりなので、むしろ育たないことが皆のためにも自分のためにも幸福であろうという考えで、生れた子供を殺して、石油罐だかに入れて埋めてしまうという話が書いてありました。
 芥川は話があまり暗くて、やりきれない気持になったのですが、彼の現実の生活からは割りだしてみようのない話ですし、いったい、こんな事が本当にあるのかね、と訊ねたのです。
 すると、農民作家は、ぶっきらぼうに、それは俺がしたのだがね、と言い、芥川があまりの事にぼんやりしていると、あんたは、悪いことだと思うかね、と重ねてぶっきらぼうに質問しました。
 芥川はその質問に返事することができませんでした。何事にまれ言葉が用意されているような多才な彼が、返事ができなかったということ、それは晩年の彼が始めて誠実な生き方と文学との歩調を合せたことを物語るように思われます。

(坂口安吾)

 

 俺がつい1週間前に付き合ってた女の子から別れを切り出されたから、こんな暗い話題なのではなく、この記事自体はまだ付き合ってた時から書き始めていた。

 いま無性にやるせない話を摂取したいメンタルなのは間違いない。市民税高すぎて払ってて涙が出た。フラれてんだから免除してほしい。仕事行きたくない。ラッパーならコカインで乗りきるレベル。

 

今池電波聖ゴミマリア

今池電波聖ゴミマリア

 

↑中学か高校の時に読んで面白かった後味悪い小説。どんな話かほとんど忘れたけど、読み返したい気分。

 

失恋と高円寺

彼女  わたしのこと おかしいと思う?
彼   だって そこがいいんだなあ
彼女  わたしのこと 笑いものにしてる?
彼   いや きみのこと 笑いものになんてしてないよ
彼女  ほんとうに 好き? 好き? 大好き?
彼   うん ほんとうに 好き 好き 大好き
彼女  言って 「好き 好き 大好き」って
彼   好き 好き 大好き
彼女  わたしを抱きしめたいと思う?
彼   うん きみを抱きしめたい、きみを抱いてなでまわしたいよ、そして鳩どうしみたいにキスしたり甘い声で話し合ったりしたいな
彼女  これでいい?
彼   うん これでいいよ
彼女  誓ってくれる? けっしてわたしを置きざりにしないって
彼   いつまでだってけっしてきみを置きざりにしないって誓うよ、胸のうえに十字を切るよ、そして嘘をつくくらいなら死ねたらと思うよ
      (無言)
彼女  ほんとうに 好き? 好き? 大好き?

 

イムリーな話題すぎるが、先週末に4ヶ月くらい付き合っていた女の子にフラれた。

「よく考えたら好きじゃないことに気づいてしまった」と言われる。

(500)日のサマー」かよ、とツッコミみたくなった。

前のブログに仕事と彼女のおかげでニート時代よりQOLがマシになったとか書いたばかりなのにこんな展開とは。人生山あり谷ありアリアナ・グランデ

この幸福と不幸の緩急のつけ方 like a 是枝裕和監督の映画。

「こうなるならセフレと連絡絶たなければよかった」と思う屑のほうの人間。

 

「うまくいく恋なんて恋じゃない」という歌詞の歌謡曲があったが、俺は唐突に女の子にフラれることが多くて、最近調子乗って忘れかけていたがそっち側の人間なのだと再認識した次第である。

 

はっきり言えばサヨナラだろ 笑ってフラれるぜ

ひとこと言わせてもらえば ありがとう金返せ

胸を張って歩き出そう 彼女の手に背を向けて

くたばれ 気分爽快 上を向き フラれついでに恋しよう 

 

この状況は、ブログを更新する頻度が多くなるかもしれない。

セフレがいた時は忙しすぎて「二人の女の子と関係続けるの無理だな」と思ったが、急に一人になってしまったので、ものすごく暇だ。

 

海が泣いてるぜ 風が吠えてるぜ

ちょっとハンパで ナンパな俺が

きらわれて おまえの涙 俺は止めないぜ

何もしゃべるなよ 錆びた愛を 砂に埋めて

消えちまえ 俺の前から 

まずいぜ ホント 俺をふるなんて

 

無力感がすごい。こういうシチュエーション本気で女の子に入れ込んでたとしたら死にたくなるかもしれない。恋の終わりを何もできずにただ見てた俺は高木ブーなのか。

 

一人で生きろよ つらくとも死ぬな また合う日まで 御機嫌よう

苔のむすまでに 愛し合うはずの二人が
予定調和の中で 離れ離れになる
何も出来ないで 別れを見ていた俺は
まるで無力な俺は まるでまるで高木ブーのようじゃないか

俺は高木ブーだ まるで高木ブー

人間が信用できない。

人が怖い。おそろしい。

 

日曜日はtinderで知り会った女の子と高円寺に古着を見に行った。

アホほど古着屋があって死にそうになった。10軒ほど回ってフランス製のLACOSTEのポロシャツとスウェーデン軍のズボンを買った。夜ご飯に怪しげな食堂のなかにあるカレーバルでレモンサワーを飲んだ。フラれた直後なのであまりテンションが上がらなかったが、tinderのプロフィール写真についてのアドバイスをもらい、その場で盛れる写真を撮ってもらった。これですべてよくなるはず。

 

精神分裂病質者というのは、その人の体験の全体が、主として次のような二つの仕方で裂けている人間のことである。つまり第一に世界とのあいだに断層が、第二に自分自身とのあいだに亀裂が生じているのである。このような人間は、他者と<ともに>ある存在として生きることができないし、世界のなかで<くつろぐ>こともできない。それどころか、絶望的な孤独と孤立の中で自分を体験する。その上、自分自身をひとりの完全な人間としてではなく、さまざまな仕方で<分裂>したものとして体験する。たとえば身体との結びつきが多少ともゆるくなった精神として、あるいはまた、二つ以上の自分として――等々。

『分裂された自己(The Divided Self)』 

 

"どこほっつき歩いてたの?"

ふくれっ面で訊いてくる君が居なくなってどこにでもほっつき歩けるようになったはずなのに何故かどこにもほっつき歩きたくなくなった‥‥

風来坊 

そっか そっか そりゃあそうだよなぁ

風来坊 

だってぼくはいつだって君に向かってほっつき歩こうとしてたんだもんなぁ 

『風来坊』野狐禅 

 

いつにもまして引用が多いが、自分の頭で考えるエネルギーがないので許してほしい。