コンテンツ化された苦悩

憎み憎まれて生きるのさ

22歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

ニートが女の子に断られた話と清涼院流水『ジョーカー』

 人は裸で 生まれた時は 誰も愛され 同じはずが
どうしてなんだ 生きていくうちに 運命は別れ むごいくらいだ

人の目見たり 見れなかったり 恋を知ったり 知れなかったり
それなら僕は いっそなりたい 死ぬまでベイビー 赤ちゃん人間

 

思うだけなら 王様なのに 見つめていれば 恋人なのに

どうしてなのだ 現実なんだ 真実さえ 必要なのか

笑いさざめく ふりしてみても 無理があるねと 言われた日には
僕はなるのさ それしかないぜ 死ぬまでベイビー 赤ちゃん人間

 

「踊る赤ちゃん人間」 筋肉少女帯

 

 前に知り合った女の子(フタコ)とは、ラブホテルに1泊したけど、お互いお酒で気分悪かったので何をするでもなく解散して、その後も連絡を取り続けているうちに、なんともう1回ラブホテルに行くことになった。信じられない。自分でもこんなスムーズに約束を取り付けられるとは思わなかった。もちろん今度は懇ろになるためにホテルへと行くのだ。何もできなかった前回とは違う。女っ気のまったくないニートだったのでホテル行けるなんて超嬉しい。tinder、ありがとう。フタコ自分で言うには性欲がかなり強い方らしい。最高かよ。「下着何色の着てってほしい?」「3回しようね」「ちゃんとその日まで我慢しといてね」なんてLINEがきた日には、ニート頑張っちゃうよね。緩みきった下半身の筋力を鍛えるためにすぐさま毎日スクワット100回を己に課し、それと同時に自己処理を封印、さらに亜鉛とマカのサプリメントを摂取してその日に備えることとなった。

 

   ラブホテルの下調べをしているとき、「いよいよ俺に運が向いてきたのだな」という確信が持てた。これは俗に言うモテ期というやつなんじゃないか。どうせならラブホテルは少しでもおしゃれなところがいいと考え、人生でこれ以上ないくらい真剣に調べた。卒論より真面目に資料集めたと思う。毎日飲んでいる亜鉛とマカは効果があるんだか、ないんだかよく分からない。飲まないよりは、飲んだ方がいいのだろうか。お風呂上がりに無印良品の化粧水(さっぱりタイプ)でちゃんと保湿をするようになった。荒れ放題だった唇をリップクリームで潤した。彼女にフラれてから、ストレスでささくれだらけになってしまった両手の親指もなんとか治した。「女の子はチョコを食べるとエロい気分になる」という都市伝説を信じて、ちゃんと美味しそうなチョコレートも買った。爪も念入りにきった。決戦はまもなくだった。連日のスクワットで太ももからお尻にかけてがキュッと引き締まった気がする。「いよいよだな」と太ももに話しかけた。「ああ、いよいよだな」と数日前より少したくましくなった太ももが答えた。

 

 待ちに待った当日の朝を迎え、待ち合わせ場所に向かう俺の心の中ではもう祝福の天使が舞い降り、ラッパをふき鳴らしていた。ハレルゥヤ!待ち合わせ場所は駅前のドトールだ。フタコはすでに待っていた。「お待たせ。寒いね」「うん、そうだね」「じゃ行こっか」「うん」と言って2人は歩き出した…と思いきやフタコがいきなり「ちょっとコーヒーでも飲んでかない?」と言った。確かにいきなりホテル行くのもあれだなと思い、ドトールに入って一杯だけコーヒーを飲むことになった。俺はブレンドのSを飲んだ。フタコはキャラメルラテ?なんか知らんけど甘そうなのを飲んでいた。2人でコーヒーを飲みながら話をした。俺は地元のスーパー銭湯でゲイに話しかけられて困った時の話をした。フタコは今度tinderで会うことになった女の子がレズかもしれなくて怖いという話をした。何やかや話もひと段落しお互いコーヒーも飲み終わり「じゃ行きますか」感が出たその瞬間、フタコが口を重々しく口を開いて言った。「ごめん、やっぱ今日きみとはそういうことできない」

 

 ええ…と思ったけど、どうやら話を聞くと「きみはもっと真面目な人だと思うから、こういう都合の良い関係はやめた方が良い」とのことだった。どっかで聞いたような台詞。『好き好き大好き超愛してる』の人にもそういうことを言われたような。俺が真面目?ニートなのに。ここで取り乱すのもかっこ悪いと思ったが、露骨に取り乱した。おいおい、と。こっちはホテル行く予定が決まった日から毎日スクワット100回してんだよ、と。そもそも俺が誘った時にノリノリでOKしたじゃないのと。君も「ホテルでたくさんしたいから自己処理しないで」とか言ったじゃないの。真面目に守った俺がうすら馬鹿のようだ。ホテルの予定が流れただけかと思いきやなんとそのドトールで解散することになった。今日の夜帰らないって言って家出たのに俺はどうすりゃいいんですか。もっと前に言ってくれれば1人で名画座行けたのに。言いたいことは色々あったけどとりあえず「ええ〜そりゃないよ〜」としか言えなかった。そう言うしかなくないか。

 

 ドトール出て駅で別れて、その後、フタコには世界で1番みじめで未練たらしいお別れのLINEを送り、もう一度別のドトールに入り直して今この文章を書いておるわけなのですが、人生ってやるせないな。昨日の夜は、クリスマスイブの夜の幼稚園児並みにドキドキして寝床に入ったのに、それが今日こんなに落ち込んでいる。本来の予定ならホテル今ごろあんなことやこんなことしていたはずなのに、なんで俺はドトールでブログを書いているんだろう。分からない。この数日間で得たもの、それは顔面や唇の潤い、ささくれのない指先、少しだけ引き締まった太もも、自己処理を封じたことによる行き場のないエネルギー、女の子への希望(後の絶望) 断られたことにはがっかりしたけど有意義だったことも多い。それにしてもこの一連のドタバタに、人生がダメになる大いなる予感を感じる。俺が女の子とホテル行けるなんて夢のまた夢だったのだ。俺をブログの執筆へと駆り立てるのはこういったマイナスのエネルギーが胸の中いっぱいに満たされたときなのだと気がついた。それは今日のように、女の子から性行為を急に断られたりした時だったり、あるいは清涼院流水の小説を読み終えた時だったりする。絶大な期待からしょうもない結末へといたる肩透かし感、胸の中でうずまくやるせなさ、思わせぶりな態度(文章)に対するどうにもならない憤り。そう、女の子にフラれるのと清涼院流水の小説の読後感は似ている!

 

  最近、読み終えたのは『コズミック』の後に書かれた『ジョーカー』という作品であります。コズミックが1200個の密室という大風呂敷を広げたのに対して、幻影城という舞台で繰り広げられるミステリ作家連続殺人事件を描いてるのでややスケールで見劣りしてしまう。事件は、「推理構成要素三十項」というものを制覇するためという目的が一応あって「推理小説構成要素三十項」というのは「ノックスの十戒」や「ヴァン・ダインの二十則」を踏まえて作中の小説家・濁暑院留水によって考案されたものだ。もともとこれは、ミステリの総決算のような作品を書くために登場したのだけど、作中の現実の事件がこの「推理構成要素三十項」に則って実現することで、ますます虚構内現実と虚構内虚構がごっちゃになるという効果がある。(作中人物も「この現実が小説なのではないか」ということをいちいち思い悩んだりする)そして事件が成就した際に、濁暑院留水の記録した作中の幻影城連続殺人事件のノンフィクション自体が、「ミステリの総決算」としてありとあらゆる要素を備えたミステリとなるわけなのだ。で、そうなると1番怪しいのはそれを考案した濁暑院留水なんじゃないのってなるが、このミステリの構成要素には「意外な犯人」という項目もあるので、怪しすぎるのは逆に怪しくない、ということになる。どういうこっちゃ。この連続殺人事件自体にも四大奇書黒死館殺人事件』・『ドグラ・マグラ』・『虚無への供物』・匣の中の失楽)の見立てが隠されていて…とかそんな感じ。いやあのこれだけは言わせてくれ、盛りすぎてわけわかんないことになってんよ流水先生。サイゼリヤのドリンクバーで全部混ぜて遊ぶタイプでしょあなた。

 

  JDCの探偵があまりにも役に立ってない。『コズミック』は密室の謎を解くことが解決に直結してるから良かったけど今回の『ジョーカー』は犯罪が最後まで完成してしまうので、後から「犯人はこいつです」って言われても手遅れ感がすごい。いやもうターゲットすべて殺されているからね。そもそもJDCの探偵たちも殺人事件を解き明かそうとして幻影城に来たはずなのにあっさり殺されたりしているし。もうちょっと頑張ってくれ。人が死んでいるのに推理対決なんて言ってる場合じゃないだろう。クイズじゃないんですよ。竜宮城之介。最初ちょっと頼もしかったのに後半情けなさすぎるんじゃ。暗号が得意なのに途中で諦めるんじゃないよ。霧華舞衣。お前はなんで第一班なんだ。螽斯太郎。何一つ解決に貢献していないだろ、探偵が殺人事件の最中に恋愛ごっこにうつつ抜かすな。九十九十九。さすがだな、けどもっと早く来い。毒で死んだ総代の息子。お前はただひたすら歩いてるだけか。切なすぎる。

 

 犯人が推理される度にどんでん返しに次ぐどんでん返しで変わり続けるので、ほぼ全員が犯人扱いされてるんじゃないか。そうなるともう意外性もヘチマもあったものではない。そして、1番最後のオチは何なんだという感じしかしない。根気強く読み続けた読者に喧嘩売ってんのか。『コズミック』には一応、めちゃくちゃにしても筋は通っていたけど、『ジョーカー』は犯人が型破りすぎる。俺のような初心者にとってミステリは動機が大事なんだよ動機が。コナン読んでても1番面白いのは犯人の動機が明かされるシーンだと思う派の俺にはあの投げやりな着地に納得できなかった。あと、犯人の残したサインを元に推理という構造自体が、「じゃあ犯人が最初からサイン残さなきゃJDCはお手上げなんじゃ」と思わせる。これは『コズミック』の時も思ったけど。前作の犯人にはJDCを謎に挑ませることに意味があったけど、今回はただ最初から最後まで芸術家のいいようにおちょくられ続けただけだったのでJDCがものすごくかっこ悪い団体みたいになってしまっている。あとこれは俺の勉強不足のせいだけれど、まだ四大奇書を一冊も読んでないので、「見立てが!」と言われても「ハア」ってなるだけだった。ミステリ読者なら読んでて当然みたいな前提で書かれていて恥ずかしかった。今度読みます。

 

 そもそも普通の感性をしていたら『コズミック』読んだら「次はもう良いかな」って気分になると思う。ならないほうがおかしい。俺だってブログで書くという目的なしに清涼院流水の本読みすすめる根性はない。デビュー作であれだけ破茶滅茶やった後に2作目書くのはそれなりに清涼院流水先生もプレッシャーがあっただろうによくここまでブレずに自分を貫けるな。読者の予想を裏切ることに全力を尽くしている執念がページいっぱいに刻まれている。四大奇書に並ぼうという野心が匂い立つメタミステリではあるが、いかんせんオチのつけ方が流水大説としかいいようのない珍妙なシロモノになってしまっている。読み進めたページ数と満足感が比例していない。でもこのがっかり感をあえて楽しもうとする器の大きさが流水大説の読者に求められる資質なのだろう。

 

 

ジョーカー (講談社ノベルス)

ジョーカー (講談社ノベルス)

 

 

ニートが女の子とHUBに行ったら大変なことになった話

 これは私のお話ではなく、彼女のお話である。
 役者に満ちたこの世界において、誰もが主役を張ろうと小狡く立ち廻るが、まったく意図せざるうちに彼女はその夜の主役であった。そのことに当の本人は気づかなかった。今もまだ気づいていまい。
 これは彼女が酒精に浸った夜の旅路を威風堂々と歩き抜いた記録であり、また、ついに主役の座を手にできずに路傍の石ころに甘んじた私の苦渋の記録でもある。読者諸賢におかれては、彼女の可愛さと私の間抜けぶりを二つながら熟読玩味し、杏仁豆腐の味にも似た人生の妙味を、心ゆくまで味わわれるがよろしかろう。
 願わくは彼女に声援を。

夜は短し歩けよ乙女』  森見登美彦

 

  最近、なんか人生が変になってる。どうしよう。変というのは新卒として入った会社を先輩が合わなくて2ヶ月辞めたり、長年付き合っていた彼女にありえないくらい長文LINEで罵倒された挙句にフラれたり、tinderで会った女の子に貸した舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる』を借りパクされたりといった俺に降りかかる一連の負のムーブメントのことなんだけど、ブログに書き出してみると全然大したことない感じがしてしまう。当事者の俺はこういった厄介ごとに直面するたびに、いろいろ本気で悩んでるけど、仕事辞めて再就職せずに半年もヘラヘラとニートをやっている時点で説得力ないか。大学まではごくごく一般的でまともな人間だったはずのに、どこで間違えた?何に躓いた?いつの間にこんなダメ人間になってしまったのか。

 

  仕事してないダメ人間のくせに一丁前に「女の子と遊びて〜」っていう欲望はあって、それがもう本当にめんどくさくて困る。「おいお前、何舐めたこと言ってるんだボケ。社会に参加できてない疎外感を女で埋め合わそうとか安直だし下品すぎてどうしようもねーな。お前みたいなクソニートを相手にする女子なんて世界中探したってどこにもいやしないんだよ」と自分に説教したい。どうすれば煩悩の炎を浄化できるのか。坐禅?滝業?ライザップ?そもそもそういうことはまず就職だの自立だの人間としてちゃんとしたレベルまで行った後の話で、まともから1番遠い場所にいるニートの俺には到底たどり着ける気がしない。「ダメな俺を丸ごと受け入れてくれる女子」なんて古谷実の漫画の中にしか存在しないのだ。諦めて粛々と孤独を噛み締め、一人きりで惨めな人生を歩んでいこう…そんな心境。働いてない分、他の人よりラクしてるのだから恋愛を捨てることで人生に対する帳尻を合わせていかないといけない。

 

  でも、ですよ。そんなことを思って全体的に諦めの境地に達した途端、あんだけマッチしなかったtinderがバンバンマッチするようになって正直ええ…てなった。なんで今更LIKE来ちゃうの。俺はもうニートに操を捧げた身なのに…頼むからこれ以上惑わすのはやめてくれ。悪魔よ、去れ。私は決してお前に屈しないぞ。と思わなくもなかったがせっかくなので屈した。ガンガン屈した。マッチしたあと実際に遊ぶ予定を女の子と取り付けてる時にまずダブルブッキング事件が起きる。同日に2人の女の子と予定入れてしまってI got 直下型ブレーンバスター まじヤバッてなった。なんで働いてなくて何の予定もないニートがスケジュール管理をミスるんだろう。とりあえず1日に2人の女の子と会わないといけないこの絶体絶命のピンチを会う時間をそれぞれランチと飲みに時間帯をズラすことで乗り切った。ニートにしては頑張ったと思う。

 

  当日、1人目のランチに会う約束した女の子とは俺が「どうしても食べたい」と言ったためにちょっとオシャレなハンバーガー屋でお昼をご一緒することとなった。女の子とのランチでハンバーガーをチョイスするセンス。そのハンバーガー屋さんはシェイクシャックっていうニューヨーク発のお店で、ハンバーガーにしてはややお高めだった。いや俺が食べたいと言ったのだけど。普通にポテトとチーズバーガーとレモネードだけで1500円くらいするんですよ?1人分で!ニート殺しの値段設定。この昼飯代だけで3日暮らせるわ。誘った手前しょうがないので女の子の分も払って、最初からべつに重くないどんどん財布が軽くなっていく。食べている間に色々話をするんですが、これがどうにも盛り上がらない。俺の渾身の「『パルプフィクション』のビッグカフナバーガーのシーン見ると絶対ハンバーガー食べたくなるよね」トークがダダ滑りしたせいかもしれない。シェイクが500円くらいだったから「5ドルのシェイクだぜ」って言いたかったけど通じなさそうだったからやめた。その後に、せっかくなので初詣に行こうかという流れになり神社で参拝しておみくじを引いて甘酒を飲んだ。人生で初めて甘酒を飲んだ。ちょっと引くほど甘かった。おみくじは吉だった。神社に行っている時も話が盛り上がりはしなかった。基本的に女の子に限らず初対面の人と話すの苦手なんです。1年に1回くらいしか本当の意味で話合う人と出会ってない気がする。

 

  初詣を終えたあと、このあとやることもないしじゃあさっさと解散しましょうかムードが流れて、特に反対する気も起きないのでその空気に乗っかって解散した。そのあとは次の女の子の待ち合わせの時間になるまで2時間くらい図書館で本を読んで暇を潰した。1日に2人の女の子と会う約束をしたのは初めてだったがまさか中盤にこんなブレイクタイムがあるとは思わなかった。図書館では長年探していた舞城王太郎の『SPEEDBOY』を見つけた。舞城王太郎の作品の中でもかなりブッとんだ設定の作品で、意味不明すぎてあれこれ考えながら読んでいるうちに1人目の女の子とのランチで凹んだメンタルも回復していった。よしイケるぞ、このままテンションのまま、2人目の女の子と飲みに行こう。緊張を隠しながら俺は待ち合わせの場所へと向かった。

 

  飲みにいくことになった2人目の女の人はメガネをかけたとても小柄な人で、都内の女子大の4年生とのことだった。低い身長と八重歯がどことなく小動物っぽい。ここでは2人目の女の子なのでフタコと記述する。まず最初に夕飯も兼ねてフレッシュネスバーガーハンバーガーを食べながらお酒を飲んだ。本日、2回目のハンバーガーだった。日頃からまともな食事を食べていないニートだったので1日に2度もハンバーガーを食べることになって胃がびっくりしてしまい、もうはちきれんばかりで苦しかった。俺はハイボールを2杯飲み、フタコはハイボールとビールを一杯ずつ飲んだ。話を聞くとフタコはどうやらかなりお酒好きらしい。ダラダラ食べて飲んで話し合ってるうちにハッピーアワーも終わって「二軒目どうしようか」と話し合った。ニートも学生もなるべく安い店のがありがたいのでまず鳥貴族に行ってみたが店のエレベーターの前に既に行列が出来てて「ちょっとこれは無理っぽい」となった。そこで、繁華街をふらふら歩いているうちに、2人の目にとまり入ることになったのがHUBだった。あの時、この店に入るのをやめていれば、後に起こる惨劇を防げたのかもしれない…

 

  一応説明すると、HUBはアホな大学生やナンパしに来た外国人の坩堝となってる英国パブ風の居酒屋で、悪い冗談みたいにアルコール度数の高いカクテルが置いてあることで有名なあそこです。店内は基本立ち飲みだけどあの日は禁煙席の角部屋みたいなところに案内されてフタコも俺もテンションが少し上がっていた。2階の外窓に面した席でかなりのベストポジション。繁華顔の大通りの人混みをゆったり見下ろしながら酒が飲めるなんてなかなか気分が良さそうだ。「まずなに飲もっか?」と俺が聞いた。「強いの」フタコが答えた。その男前すぎる一言にお前は西部劇に出てくる酒浸りのカウボーイなの?チャールズブロンソンなの?と思った。「大丈夫?ここの強いのけっこう強いよ」「大丈夫」「ほんとに?俺ここの飲み物のせいで死にそうになったことあるよ」「大丈夫だって」「じゃあどれにすんの」「これ」フタコが指差したのはタランチュラという度数27%のヤベー奴だった。いやこの人どんだけ攻めるんすか。なんなら1軒目のハイボール2杯で俺けっこう酔ってんのに、あなたもビールとハイボール飲んでたよね?ちょっとこんなの飲んだら俺死んじゃうよ、と思ったけどとりあえず俺もフタコに合わせてタランチュラを注文。おつまみはナチョスにした。「ハードウォッカにブラッドオレンジとピーチリキュール。飲みやすさ抜群のハードカクテル人気NO.1」という説明文に戦々恐々としながらまず一口飲んでみる。あれ意外とフルーティー…いや苦い?チョトマテ喉が熱いシヌゥ。っていう感じの味でした。ピーチリキュールの風味が完全にブランドオレンジとウォッカに負けてて悲しくなった。舐めるようにチビチビと飲む俺、その倍くらいのペースでぐいぐい飲むフタコ。めっちゃ強いですやんこの人なんなの。「そんな早く飲んで大丈夫?俺弱いから絶対そんな飲み方できないわ」「思ったより強くなかったから〜」なんて会話をしてるうちに完飲してた。だいたい20分くらいか。俺も10分遅れぐらいで飲み終わった。「飲むの遅くてごめんね。次何にしようか?」と訊きながら内心俺はかなり限界に近かった。なんならノンアルのカクテル飲みたい気分だった。肝臓にやさしい飲み物を身体が求めていた。フタコは答えた。

「今飲んだのより強いのがいい」

  そう言い放って選んだのはダイナマイトキッドというアルコール度数53%の酒だった。正直勘弁して欲しかった。一緒にいる女の子が自分より強い酒を飲んでいる状態になるのがなんとなく嫌だったので、しょうがなく俺もこのおそらくアホが考えたであろうダイナマイトキッドなるカクテルを注文した。「ハードウォッカに極上のパッションフルーツリキュールとグレープフルーツを加えた最強シューターカクテル」ショットグラスに入っててぱっと見だとすんなり飲めそうだったけどそんな生易しい代物ではなかった。一口目の半分くらいでアルコールが口の中を暴れ回る。大学の時これ2杯で記憶なくして品川駅で野宿することになったんだよな。あの時はホームレスにリュックサック盗まれて大変だったな…と嫌な記憶がフラッシュバックする味だった。説明文ググって今知ったけどグレープフルーツが入ってるのか。パッションフルーツウォッカが強すぎてグレープフルーツの味しなかったよ。銀河ヒッチハイクガイドに「汎銀河ガラガラドッカン」ていう宇宙一強いカクテルが登場した際に「この酒を一杯飲むのは、スライスレモンに包んだ大きな黄金のレンガで脳天をかち割られるようなものだという。」という説明がされていたけど、ダイナマイトキッドも大体そんな感じの味でした。

  タランチュラ以上に慎重に一口の4分の1ずつくらいをそーっと飲む俺。やはりその倍のペースで飲むフタコ。俺はもうフタコに対して尊敬を通り越して畏怖の念さえ抱き出した。こいつよう初対面の人の前でキツい酒ガバガバ飲むなあ。すごいなあ。全然顔色変わんないしやっぱ分解酵素が並外れてんだろうな、と。

 

ダイナマイトキッドはお互いゆっくり飲んだから大体30〜40分くらいで2人とも飲み終わったはず。それでも俺よりだいぶ早く飲み終わったフタコが「ちょっとトイレに行ってくる」と席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、同時に転びそうになっていた。その瞬間俺は全てを察して「オイオイオイ。この人めっちゃ酔ってる?もしかして」と思った。とりあえずまともに歩けなさそうなので肩を貸し、女子トイレまで誘導して歩いたけど、店のそこら中の人に体当たりせんばかりにヨレヨレでマイクタイソンにKOされたボクサー並みに足元が覚束なかった。さっきまでシャンとしていたのに、いつの間にこんな酔ってたんだろう。謎だ。俺が目を離した隙にこっそり混ぜ物の多い粗悪なヘロインでもキメたのかと思うほど、フラフラになっていた。フタコが他の客に体当たりをかますたびに謝る俺、フタコが占拠した女子トイレの前で心配そうに待つ俺、テーブルの上のグラスをいそいそと片付ける俺、店員さんに2週間ぶりに砂漠から救助された人のようにお水をもらいまくる俺。あの時間は他の客や店員から非難の目が突き刺さって地獄すぎた。そもそも俺が潰したみたいになってて気分悪いし、いや初対面の人のアルコール許容量なんて知らんわという。飲みたいと言われた飲み物を注文しただけなのになぜ俺はこんな状況になってるんだろう。俺が悪いのだろうか。

 

 俺の懸命の頑張りも届かず最後はHUBの女子トイレの前でvomitするフタコ。Love is over 吐くな女だろう。パンサー向井似のHUB店員と一緒に掃除をし、深々と謝罪しそっと店を出た。間髪入れず店の前でもフタコがまたThrow up。泣きたかった。死にたかった。なんなんだよこの状況。これじゃまるで「スタンドバイミー」のあのシーンじゃないか。しばらく外で介抱していたらヤンキーに絡まれて怖かったのでカラオケに行き、それでも帰れそうになかったのでラブホテルに泊まることになった。

 

  人生で初めてラブホテルに泊まったがフタコが本気で体調悪そうだったので谷崎潤一郎の小説に出てくる男並みにまめまめしく世話をした。フタコもポカリ飲んで風呂に入ったら酒が抜けたようで、一眠りして2人でホテルを出て駅で解散し、朝の10時ごろに家に帰った俺は16時半まで寝るのだった。

 

こうして俺の長い1日は終わった。

みなさん、お酒はほどほどに。

 

 

 

 

ニートが友達の家で年越したらキツかった話

やあ!みんな 聞いてくれるかい?

この世にはさ なりたくもないのに時々ね、暗ーくなっちまう奴っていうのがたくさんいてね 
随分面倒な目にあっているんだよ 
それは本当にやっかいでね 
オレもその一人だったんだ 
だからさ、俺はサーチライトになりたいんだ 
俺はポッケのないネコ型のロボットで何もできんのだけど 歌う事と、ものを書く事だけはできるのさ 
俺の歌とペンがサーチライトになるんだ 
俺みたいになるなよ お前は 
考えてやるのさ 
俺みたいになるなよ 
俺みたいになるなよ 
俺みたいにはなるなよ 
俺みたいにはなるなよ 

お前の前に細い 
しかし、しっかりとした道がある 
俺が照らすからお前が行け 
サーチライトは月の光と共にタイトロープを照らす! 
もしも、お前が落ちてくたばったってずっと照らし続けてやるよ 
だから行け さっさと行け 
なんとかなる なんとかなる 
なんとかなる なんとかなるからさ 

「サーチライト」 筋肉少女帯

 

 高校の時の友達で集まって、大晦日に年越しをしたけど辛かった。まず夜ご飯のピザ注文するときに何選ぶかに口出しできなくて具材がシンプルなやつ選ばれたのが辛かった。大晦日というハレの日に食べるんだからもっと冒険してる具材のピザがよかった。焼きたてのアッツアツのピザ持ち帰ってんのに「酒とかつまみを買わなきゃ」ってスーパー寄ったのが辛かった。酒とつまみを買った後に駐車券もらい忘れて取りに行ったり、駐車券もらい終わった後にロックアイス買い忘れて買い直したりするのが辛かった。それ終わって友達の家着いた後も皿とかコップとか用意するのに5分くらいモタモタしてるのが辛かった。皿とかコップ取りに行く前に「ピザ、先に食べてて良いよ」って家主の君が言ってくれなきゃ。冷めていくピザを4人でジッと眺めていたよ。食べる頃にはピザはすっかり生暖かくなっていて、俺は「自分の家で年越ししていればA4の肉ですき焼きだったのに」と思ってた。ほろ酔いのなんだっけ?味は忘れたけどほろ酔いを飲んだことは覚えている。

 

 チャンネル選択権が全くないのが辛かった。いつもは紅白4割ガキ使6割くらいのバランスで年末のテレビ見ていたのに、その日は何故かクイズが10割だった。紅白とガキ使見ないのは初めてだったけど家主の友達がそういうなら仕方なかった。あのクイズ番組、異常に難易度が高くて難しかった。当てずっぽうでしか答えられないから全然スッキリしない。そんなモヤモヤを抱えつつ、夜は深まっていった。佐野ひなこが出てて、かわいいなと思いました。大富豪に負けて罰ゲームでたらふくジンを飲んだ。コーラで割って飲み続けた。ジンコーラを作って半分飲んでコーラを入れてまた半分飲んでコーラ入れて…を永遠に繰り返す「カスピ海ヨーグルト」作戦でどうにか乗り切った。TVではコトブキツカサが珍解答を披露していて、こんな人でも映画評論家になれるなら俺もなりてーわって思った。

 

 執拗なニートいじりが辛かった。高校の時の立ち位置、本当に底辺で毎日激しくいじられてたけどそのノリが復活して地獄だった。高校卒業して5年も経ってるなら大人になっててくれ、そう祈ったけどニートというこれ以上ないほどのウィークポイントを持っていたせいで、がっつりいじられた。「ニート」「穀潰し」「親のすねかじり」「社会不適合者」「負け犬」「ザ・ドキュメンタリー」とかいろいろ言われた。男子高校生の時と変わらぬ切れ味でいじられたせいで心がズタズタになった。自虐ネタするのは平気なのになんで他人からいじられると悲しくなるのだろう。ニートは繊細だからあまり不用意にいじってはいけない。かと言って真剣に心配されるのも息苦しい。軽〜くいじってほしい。うっすらいじってほしい。あんまりガシガシいじられると痛いんだよ!心が。集まっているメンツが社会人ばっかだからか心なしかニートに対する風当たりが強かった。とにかく笑って受け流そうと思ったけど、悲しいのにわざわざ笑うのもめんどくさかった。「待て待て〜い!誰がニートチャーハン365や!」とか言って頑張った。スベった。ブスいじりされるキャバ嬢の気持ちがわかった。

 

 自分がニートであること自体は恥ずかしくないと思う。働いてる友達と自分を比較することで恥ずかしさが生まれる。他人と比べたらその瞬間にもう心の平穏は消え去ってしまう。だから、もっとニートである自分に誇りを持ちたい。誰の前でも胸を張って「いまニートです」と言えるような器の大きい男になりたいんだ。父親がもうすぐ定年だし、祖父母もだんだんと身体の調子が悪くなりがち。そんな状況でしかも長男なのに働かないってどれだけプレッシャーがあるのか分かってるんですか?世間の人は簡単にニートのことを「ダメ人間」だの「根性無し」だの好き勝手言いますけどね。ダメ人間であり続けるのも根性無しであり続けるのもイバラの道を裸足タップダンスするような苦行なんです。なぜかというとニートの人生は自分のことを認めてくれる人が1人もいない孤独な戦場なのだから。

 

 眠れないのが辛かった。毎年大晦日は12時回ったら普通に寝てたのに、俺以外全員「オールしようぜ」とか言って全然眠れねー。布団の所有者である家主が寝かしてくれないから何を言っても無駄だった。オールしたとしても眠ってない時点で何をやっても面白くないでしょ、眠いんだから。生粋のロングスリーパーに向かってオールさせるとか拷問なの分かってんのか。眠らなさすぎて何故かわからないけど膝が痛くなった。2時くらいに初詣行くかってなって近くの神社に足を運んだら誰もいなくて電気も消えてて鳥居の前でテレパシー参拝して初詣終了。もうこの辺から逆深夜テンションが発動してものすごく死にたくなって困った。家に帰ってトランプしたり、卒アル見ながら思い出話に花を咲かせ…って言いたいけど集まった5人の中で俺だけ高2の時同じクラスじゃなかったからほとんど会話に参加できなかった。高2の時なんてアメフト部に毎日タックルされてた記憶しかない。他の4人は「高2のクラスが高校で1番楽しかったなあ」みたいな口ぶりで話すもんだから俺の暗黒の思い出との落差に、死にたさマシマシ涙カラメで困りました。

 

 で、「酒抜けるまで時間潰して車で鎌倉に初詣行くか」みたいな提案が持ち上がった頃に帰ることを決意した。これ以上はもう限界だ。付き合いきれん。みんなアホみたいにお酒飲んでたから抜けるまでにはかなり時間かかるだろう。その上、鎌倉まで行った日には余裕で半日潰れる。このままダウナーな精神状況で1日半もまともな寝床で睡眠を取れないと多分死ぬ。一刻もはやく我が家にゴーホームしないと。そう考えてナビタイムで電車の始発を確認。5時か、となると4時半には友達の家を出ないといけない。友達たちが雑魚寝し始めた一瞬を見計らって流れるように家を出た。その時の緊張感たるやまるで「トレインスポッティング」のラストシーンのようだった。生まれて初めての友達との年越しは、俺の強烈な眠気によって強制終了することになった。さらば、友よ。俺のことは忘れて楽しく初詣に行ってくれ。そもそも俺はみんなでワイワイ騒ぐのが苦手な人間だったんだ。明るい調子で話合わせるのも無理をしてるみたいで辛いんだ。でも、誘ってくれてありがとう。2017年の終わりを君達と一緒に迎えられたことは俺の心のアルバムとブログにしっかりと残しておくから。

 

 友達の家から出たはいいが駅までの道がわからない。まだ夜明け前で真っ暗で人が誰もいない。微妙に田舎で、街灯があんまなくて暗い森が近くにあったりトンネル通らないと帰れなかったりして勘弁して欲しかった。冬の朝の4時ってあんなに寒いんだね。その辺に停まってる車のボンネットが凍っているもの。風がインナーダウンを貫通して俺の体を撫でて行くんですもの。気温低すぎるせいか携帯のバッテリーの消耗が著しくて、電源落ちるわで散々迷って駅に着く頃には指が取れてもおかしくないくらい寒さに陵辱されていた。始発を逃してしまったので始発の一本後の電車に乗った。家に着いた時は涙が出そうになった。俺の家!俺の部屋!大掃除終わってなくて嫌になるくらい散らかってる。仕舞う場所のない「真説 ザ・ワールド・イズ・マイン」「ヒメアノ〜ル」「げんしけん」「お天気お姉さん」「ZERO」「イエスタデイをうたって」「マルドゥック・スクランブル」「プラネテス」「黒船」が部屋の隅っこに積み上がってる愛すべき俺の汚部屋。友達の家から自分の家に帰ってきただけなのに人間的に一回り成長できた気がする。体が限りなく冷えきった状態で熱いシャワーを浴びると痛いんだよ。正月の朝からそれを実感するとは思わなかった。5分くらいぬるま湯で体を解凍してから徐々にお湯の温度を上げていった。生きていることをハッピーだと思った。シャワーを浴びてから布団に入るころになるともう、窓から見える東の空が白んでいて焦った。はやく寝なきゃ。

 

 

 

 

 

ニートがtinderで会った女の子に『好き好き大好き超愛してる』を借りパクされた話

傷ついてもかまわない
主導権を握りたい
完璧な肉体が欲しい
完璧な魂が欲しい

君に気がついてほしい
ぼくがそばにいないことを
君はあまりにも特別で
ぼくもそうだったらよかったのに

だけど、ぼくはクズだ
どうしようもないクズ
ぼくは一体何をしてるんだろう
ここはぼくの居場所じゃない

君を幸せにできるなら何だっていい         君が望むことなら何だって
君はあまりにも特別だから
ぼくもそうだったらよかったのに

「Creep」  Radio Head

 

 親が読んだら泣く記事を書きます。

 仕事辞めて彼女にフラれて人と会わなくなって生活圏にいる女性が母親だけになってしまった。彼女にフラれた理由は前にぐちぐちと書いたんですけど、雑に説明すると仕事辞めてやけっぱちになった俺が「セックスさせろ」ってしつこく言ったせいで、同じく仕事で落ち込んでた彼女がブチ切れて一切の連絡を断たれた。以上。こうまとめてしまうとお前ニートのくせに性獣だな、死ねと思われるかもしれないけど、そもそも大学時代の時から頻度が「午後のロードショー」で例えると「ランボー」シリーズが放送されるくらいの頻度(およそ3ヶ月に1回)だったので、いちいち数えるもんじゃないけど3年間合わせて累計十数回もしてないと思う。そこらへんの爛れた発情大学生と一緒にしないでほしい。しょうがなく俺は表面上紳士的な振る舞いを心がけていたが、健全な男子大学生としてはせめて「トレマーズ」シリーズかセガール沈黙シリーズくらい放送して欲しかった。最も暇でエネルギー有り余ってる大学生カップルが1人暮らしの家で遊ぶのに「トレマーズ」しないで一体何やってたんだよって思うじゃないですか。2人並んで「魔法少女まどかマギカ」や「子猫のチー」やニコニコ生放送を見たりしてました。「子猫のチー」はそこそこハマって自分でも録画するようになったけど、ニコニコ生放送がまた死ぬほどつまんなくて、わざわざ2時間かけて彼女の家来たのに何が面白くて人生詰んだニートどもの雑談聞かないといけないんだよって思ってたけど、まさか大学卒業してから自分がニートになってこんなゴミみたいなブログを書くとは思わなんだ。まあそんな感じだったので、彼女の家に行っても「トレマーズ」できないため俺のグラボイズは常に我慢を強いられてきた…。それと同時に彼女は彼女で本当に性欲がないみたいだったので「ランボー」も嫌々ながらというより出来ればやりたくなかっただろうけど俺がうるさいので我慢をしてきたんだと思う。そういった今までのお互いの不満が極限状況で爆発した結果の破局だった。付き合う前の、俺が彼女に一目惚れして純情片想いしてた時に「彼女に指一本触れないとしても付き合えるか?」って聞かれたら余裕でOKしたはずなのに、なんでいつの間にかこういう風な終わりを迎えてしまったんだろう。世の中には遠距離恋愛でも問題なく続いてるカップルは大勢いるはずなのに、不思議だ。

本当に好きだったらそういうことばっかしなくても平気でしょ

もしかしてあなたはそういうこと目当てにわたしと付き合ってるの?」

みたいなことを喧嘩のたびに言われた。そう言われるとこっちもそれ以上のことを求める気が失せた。別れた今となっては向こうからしてみれば俺は体目当てに付き合ってたのと一緒だもんなあ。俺が「トレマーズ」を諦めれば2人はもっと続いていたのか。眠れない日々がまた来るのなら…弾ける心のブルース。1人ずっと考えてしまう。

 

 3年間も一緒にいたのだから、忘れられない特別な思い出はたくさんある。卒業旅行は彼女が行きたがっていた「猫の島」に2人で行った。「猫の島」は愛媛県にある小さな島で、のら猫が百匹以上生息してるこの世の楽園のような場所だ。飛行機に乗って2人仲良く愛媛県に行った。松山城にも行った。鯛めしも食べた。「猫の島」は朝早くにフェリーに乗らないと行けなかったので4時におきて始発で予讃線に乗った。朝の松山は嘘のように寒かった。2人以外誰も乗ってない電車は夜明けを待たず動き出した。空がだんだんと明けていくのを2人で車窓から眺めた。「これから猫の島に行くんだね」と言いあって。電車は海の近くの林をゆっくりと走った。自分の住んでいる場所から遠く離れた朝の予讃線は現実じゃないようなシュールな感じがした。「つげ義春の漫画みたいだな」と俺は思った。車内は暖房が効いてなくて寒かったので2人で手を繋いだ。暇だったのでイヤホンを半分ずつにして彼女のiPhoneで音楽を聴いた。右耳だけつけたイヤホンからはっぴいえんどの「12月の雨の日」が流れた。夜明けに、はっぴいえんどを聴きながら女の子と手を繋いで海の近くの林を走る電車に乗っていた。なぜかは分からないが今までの人生で1番の多幸感に包まれた。「新海誠のアニメみたいだな」と俺は思った。その時その瞬間は何もかもが輝いていて俺は間違いなく幸せだったはずなのに。

 

 彼女から最後のLINEが来てから1週間後に「いつもごめん、今までありがとう」と送った。既読はつかなかった。多分本当にブロックしたのだろう。俺はなんとなく悲しかったのでブロックはしなかった。彼女と別れた後はささくれを剥く癖を止めてくれる人がいなくなってしまい、両手の親指がズタボロになった。録画した「子猫のチー」を何度も繰り返し見るようになった。YouTubeなかやまきんに君の動画を見てる時以外一切笑わなくなった。彼女の好きだった神聖かまってちゃんを聞かなくなった。ニコニコ生放送がさらに嫌いになった。ただでさえ出不精なのにもっと引きこもりがちになった。食欲がなくなって少しずつ痩せていった。貸したっきり帰ってこなかった「子供は分かってあげない」をBOOKOFFで買い直した。

 

 俺はもう女の子のことを好きになるのやめようと思った。別れるたびにこんな死ぬほど落ち込んでたらいつか死んでしまう。彼女に「性欲だけのかわいそうな人」と言われたのでいっそ本当にそうなってやろうと思った。俺に性欲がある限り女の子とうまく付き合えないのだったら、本能のままに生きてぺろっとわんこそばを食べるように女の子を抱くゲスい人間になろうと決めた。もう恋愛なんて不安定なものに心乱されたりしないと固く決意した。たしかなものは欲望だけさ。100パーセントの確率なのさ。

 

 女の子を抱くために早速tinderを始めた。大学と顔写真を登録してマッチングするアプリだ。男女お互いがLIKEするとメッセージのやり取りができるようになる。これで女の子と出会ってやりたい放題やってやる。マッチするために女の子の写真をひたすらスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプ…あれ、おかしい。指が腱鞘炎になるほどスワイプしてるのに全然マッチしない。俺の顔は全然女の子にLIKEされてないんだなと思うと虚しい気持ちになった。せっかく盛れてる写真をプロフィールに設定したのに。だが、「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」と思い寝る間も惜しんで片っ端からLIKEしていたら数件マッチできた。その喜びもつかの間の幻で、マッチした人にメッセージ送っても全然返事が返ってこない。現実でも電脳世界でも驚くほどモテなかった。映画と漫画しか趣味がないインドア人間だから?サンボマスター銀杏BOYZ筋肉少女帯を聴いてるから?人の目を見て喋れない根暗だから?仕事を2ヶ月半で辞めたニートだから?画面越しに負のオーラが伝わっているのかもしれない。心が折れてもうアンインストールしようかなと思ったときに1人の女の子と話がつき実際に飲みに行くことになった。

 

会うことになったのは都内に住む女子大生で、大森靖子が好きらしいのでここでは大森さんとする。

 

 渋谷で待ち合わせをして飲みにいった。その日は雨が降っていて傘を忘れた俺はせっかくセットした頭が濡れて台無しになった。大森さんは全身黒い服でやってきてカラス族のようだった。顔のパーツの一つ一つがシンプルで日本人形みたいな顔をしていた。ボブカットに顔色が悪そうなメイクを施していてヴィレッジバンガードで石投げたら当たるようなサブカル風女子だった。居酒屋に入ってお酒を飲みながら色々な話をした。俺が仕事を辞めるまでの話、彼女にフラれるまでの話を聞いた大森さんは「そんなんでよく自殺しないねウケる」と言った。確かに、と俺は思った。大森さんはtinderで出会ったセフレに好かれて困っているという話を延々としてきた。そのセフレは大森さんと会った後にTwitterの裏垢でポエムをつぶやくらしい。セフレの裏垢をわざわざ探す大森さんもどうかと思う。大森さんは女性なのにtinderに課金をしているモノホンプレイヤーだった。初対面の人と会ってセフレの話するんかいと思ったけど、わりと真剣に聞きいってしまった。大森さんはtinder課金勢だけあって沢山のセフレがいるらしく、人間関係が複雑だったので話を聞きながら頭の中で整理するのが大変だった。「でも前に別れた元カレともたまに会うんだよね」と言い出してオイオイどんだけ男と遊んでるんだよこの人は、お手上げだよこの野郎と思った。自分はそんな人に話すほど女性経験がなかったのでただひたすらハイボールを飲んで大森さんの話すセフレ談義に耳を傾けた。騒がしい居酒屋だったので、声が異常に通らない俺は話しても話しても聞き返されるばかりで、自然と大森さんの話を聞く方にまわっていた。「初対面でこんだけセフレいるアピールしてくるならワンチャンあるな」と思ったが、居酒屋のお金を払ったら財布がスッカラカンになってしまったのでその日は解散することになった。会う前にお互いのお気に入りの本を交換する約束をしていたので俺は舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる』を貸した。大森さんは江國香織の『ウエハースの椅子』と三浦しをんの『天国旅行』を貸してくれた。

 

貸してくれた2冊はなかなか面白かった。後日、読んだ本の感想をLINEで送りつつ 「今度ホテルいかない?」と誘ってみた。まさかあの根暗で奥手な自分がこんな軽率な誘い方をするとは恐るべし性欲。「いいよ」と返事が来た。一応男として見られたのが嬉しかった。飲んでる時は散々ニートだ社会不適合者だって馬鹿にされたけど。ああ、これで俺も見ず知らずの女の子と寝る村上春樹の小説の主人公みたいになるんだな、と思った。理性を捨て本能に忠実に生きるアニマルになってしまった。1週間後に会う約束を取り付けた。ついに俺は「ランボー」から「トレマーズ」に生まれ変わったんだ…。そうして、ゆくゆくはセガールに。こうなったら堕ちるとこまで堕ちていって正真正銘のダメ人間になってやるんだ。

 

 

 

 

 

 

と思ったら約束の日の前日に「ごめん、やっぱ無理」と言われた。大森さん曰く「ちゃんとした人間になってもらいたい」という理由らしい。いまいち納得できるようなできないような。たしかに俺は人間としてちゃんとしていないかもしれないけれど、そんな理由でセックス断られる奴ってこの世にいるのか?てかちゃんとした人間って何なんだろう。哲学だ。年下のセフレいる女の子にちゃんとした人間になれなんて言われてしまってものすごく恥ずかしい。俺のピュアハートはボロボロと音をたてて崩れていった。大森さんの断りの連絡を境に会話が終わった。『好き好き大好き超愛してる』読み終わったら感想くださいって言ったのにあれから1ヶ月経ってもなんの音沙汰もない。多分今も大森さんはtinderで男の人を探しているのだろう。(tinderのプロフィールが頻繁に更新されてるので)彼女とあと一歩のところで関係に踏め込めなかったのは、俺がちゃんとした人間じゃないせいだったのか。どうすればちゃんとした人間になれるのか。大森さんとの出会いは僕の心の深いところに多くの疑問を投げかけた。いつか大森さんも俺の貸した『好き好き大好き超愛してる』を読んで愛の大切さに気づいてほしい、そう強く思った。あとできれば早く本を返してほしい 。マジで。

 

 

 

 

You need a hard to play this game
気持ちがレイムじゃモノホンプレイヤーになれねえ

 

 

トレマーズ (字幕版)

トレマーズ (字幕版)

 

 

 

 

もし文学部日本文学科卒ニートが清涼院流水の『コズミック』を読んだら

芸術家になれないものが批評家になり、兵士になれないものが密告者になる

 

 センター国語半分切るようなポンコツが3流私大の文学部出たところで、文学的教養が身につくはずもなかった。日本文学科なのに中島敦安部公房国木田独歩谷崎潤一郎泉鏡花田山花袋樋口一葉尾崎紅葉梶井基次郎織田作之助三島由紀夫森鴎外大江健三郎川端康成もまともに読んだことがない。文豪ストレイドッグスウィキペディアから参照しました。つまり文豪ストレイドッグスに出てる文豪の作品をほとんど読んだことがない日本文学科卒ということになる。熱心な文豪ストレイドッグファンのが近代の日本文学読み込んでるのでは?

 なぜ高校までわりと熱心に読書してたのに、大学生になって本を読まなくなったかといいますと、高校までの部屋にこもりきりがちな生活が一変し、東京に通い始めて色々な場所で遊ぶようになったことや、学科の授業が自分の苦手な古典の授業ばかりだったことや、サークルに入ってお酒飲んで騒ぐのが楽しかったから、といった理由が挙げられる。これまでのように孤独を紛らわすための暇つぶしに読書することより人と遊ぶことの方が大事になったのだ。

  本読まなくなったいちばんの理由は1年生の時の「文学演習」かもしれない。その演習の授業で夏目漱石の『それから』について発表した事があって、その時に緊張しすぎて死ぬほどクオリティの低い発表して、それは今思い出しても「うああああ」ってなるくらい嫌な思い出になった。どもりまくる俺。質問に答えられない沈黙。地獄の10分間。つくづく自分はアドリブがきかないタイプの人間でその場で質問されたりするの無理なんだなと思った。コメントペーパーに「意味不明な発表でした」とか書かれた。いくら発表ひどくてもそんなはっきりと心えぐるコメント書く?そのコメント書いた人のこと一発で名前覚えて嫌いになって卒業までずっと根に持ってたけど、3年か4年のときその人はすごい論文書いてなんかの本に掲載されることになったらしい。優秀。でも、人の発表のコメントペーパーに「意味不明な発表でした」とか書くような人間性なのにすごいなって思った。結局、1年生の時の「文学演習」においては不可スレスレの成績を叩き出してしまい、俺はその瞬間に日本文学に対する一切の興味を失った。不可スレスレというか多分本当は不可だったけど必修科目だったから2年生に上げるためにお情けで合格にしてもらったんだと思う。その教授もその一件で嫌いになった。こうやって書き出すと、ちゃんとした発表をできなかった劣等生が逆恨みしてるだけだと思われるかもしれないが、全くその通りだった。

 批評って何?俺には分からない。読書感想文が死ぬほど苦手だった小学校の頃から国語教育に自分とは相容れないものを感じていて、最終的に大学で専攻してみて気づいたけど、俺の本の読み方は教養としてとか学術の対象としてのそれじゃなくて、ひたすら「自分が楽しめるか」の一点しかなくて、趣味の範囲から出ない薄っぺらなものだった。でも、本当に面白い文章に出会った時、その言葉が俺のハートにボディブローかましてくるときに、「この文章に本当に心揺さぶられてるのは世界で俺だけしかいないんじゃないの?」って思ってしまう。太宰治の熱心な読者とかブルーハーツのファンが「この作品(歌詞)は俺のために書かれている」って勘違いしちゃうような自意識過剰マインドかもしれないけど。まだ会社で働いていた頃の土日に家で舞城王太郎の本を読み返していて

生きる時間の長さが、一つの約束を自然と反故にする。

好き好き大好き超愛してる。

という一文を読んだその瞬間から、数分間涙が止まらなくなったことがあった。もちろんこの一文だけがすごいっていうわけじゃなくて全体の流れの中にこの一文があってそれが凄まじい破壊力で泣かされたわけなのだが。舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる』読んだ人の中でこの文章に数分間泣いた人はいるのだろうか。泣いたかどうかなんて矢口真理の「ワンピースは1巻につき5回くらい泣ける」発言くらい無意味だけど、そういう感受性が繊細すぎて困っちゃうのアピールしたいわけではなくて。この短い文章がどれだけ俺の心に衝撃を与えたのか、どう説明すれば分かってもらえるのかみたいなことを言いたいんですよ。数分間泣いたことなんてのはその衝撃によって生み出された結果でしかない。自分がどう感動したかなんて俺にはうまく説明できない。答えはきっと心の奥の方にある。たしかにあるのだけど言葉にして取り出すことができない。生まれてから今まで自分の言葉で相手に何かが届いてるって手応えがない。読書感想文や「文学演習」やこのブログを書いていても。好きな小説のどこがどう好きかなんてもっと自由に軽やかに語れたらいいのに。

 「好き」と「詳しい」は全く別物なので、その認識を間違えたものは生涯地を這うことになる。俺は小説を好きだったけど別に詳しくなりたいわけじゃなかったんだと気づいた。その好きな本もごくごく狭い範囲のところにしかなくて、「ザ・日本文学」的なものには惹かれない。萌えない。もちろん中には好きな作家、作品もあるけど、教養だから一応押さえとかないといけないって流れで読みたくもない本を読むのが面倒臭くて、それについてレポートを書くなんて本当に拷問に近いものがあった。ちゃんとした文章が書けないから。だから途中で「もういいや」ってなってしまったので、舞城王太郎が好きという動機で日本文学科に入るのは茨の道だと思った。リアルコーヒーは今すぐ俺を雇ってくれ。俺の勝手なイメージで「好き=詳しい」がまかり通ってる排他的ジャンルの筆頭がSFとミステリで、これについては軽々しく好きとか言いにくい。名作、傑作と呼ばれる作品が多すぎて一通り読んでおかないと語る資格がないような気がしてしまう。日文科にいながら全く日本文学を読まないことでこういう教養マウント合戦の風潮に中指突き立てていたはずなのに、ミステリ、SF界隈にビビってしまうのは、俺の中にも権威主義的な一面が備わっているということの裏返しなのだろうか。

 

 そんなわけで清涼院流水の『コズミック』の話をします。第2回メフィスト賞受賞作。京極夏彦が持ち込みでデビューしてメフィスト賞が生まれ、第1回が森博嗣の『すべてがFになる』で2回目にこんな問題作が賞をとってしまってその後のメフィスト賞の何でもあり感を決定づけた記念すべき作品でもある。京極夏彦森博嗣清涼院流水って当時の講談社の引きの良さすごいな。『コズミック』は高校生の時に舞城王太郎の『九十九十九』というJDCトリビュートを読んで興味を持って1回買って読んだっきりでこの人の作品はもう2度と読むことないだろうと思っていたがJDCシリーズを読破することになって4〜5年ぶりに読み返した。当時この本はミステリ界を大いに騒がせたらしいが、俺の年代的には西尾維新舞城王太郎がトリビュートしてようやく知るくらいの知名度しかなかった。そもそも俺は初ミステリが佐藤友哉だった時点でミステリ偏差値かなり低めなので「こんなんミステリじゃねえ」的なルールや常識には疎かったけど『コズミック』のオチには心底ずっこけた。ここまで読ませた読者にああいう結末を用意するか?そんな風に思って読了後、本棚の奥底に封印した記憶があった。これから書く感想はネタバレを含みます。

 

『コズミック』を再び読んで感じたこと

 

構成の斬新さ

 1200人の殺害予告のFAXが届いた後に延々と密室殺人が起きるのを19パターンも読まないといけないのが斬新だと思った。初めて読んだ時は「いつまで続くのか」と不安に思ったが、読み返す時には覚悟が決まっていたのでわりと「流水先生、各パターン色々書き分けようとしてるんだなあ」と若干余裕を持って楽しむことができた。俺が好きなのはホモのラブホ支配人とそれにケツを狙われているフロントが戦う話です。ケツを巡った血みどろの攻防がなかなかスリリングで興奮した。あとミステリ初心者の俺には「密室」の定義がよく分からない。鍵のかかった部屋のことじゃないの?空中とか初詣の人混みとか閉鎖されてない空間を密室と言っているのが気になった。状況的な意味で誰も出入りできなければ密室ってことなのでしょうか。

 

メタっぽい話

 中盤で前半に読んでいた話が作中人物の書いた小説というのが明かされる部分は結構面白いと思った。しかも作者が「清涼院流水」の反対の「濁暑院溜水」っていうギャグ。自分すら率先して殺していくスタイル。舞城王太郎の方を先に読んでたのでそこまで驚かなかったけど、この19の密室殺人を作中人物がテキストとして共有してあれやこれやと推理をするっていう構造が、あたかも名探偵と一緒になって推理をやっているみたいな感覚がして素敵だなと。作中作と事実の食い違いが指摘されたり新しい推理が披露されるたびにいちいち前に戻って読み返したりしてた。江戸川乱歩とかエラリークイーンの孫とか色んな小説の要素を取り入れてるのもミステリ研っぽいというか二次創作的な発想なのかな。作中に出てくる実在の小説ほとんど読んだことないから流したけどこういった部分は元ネタを読んだことある人のが楽しめるのでしょうね。

 

JDCという設定

 日本探偵協会という大雑把すぎる設定。

これはあまりに少年漫画的というかはっきり言ってジャンプでしょ。ジャンプ。無駄に全員キャラが濃い。名前が変。自分の推理法に必殺技みたいな名前つけてるし。むやみやたらに探偵が多い割にほとんどのやつがあんまり役に立っていないのも面白い。俺が好きなのは推理と並行して京大ミステリ研と恋模様を繰り広げる天城漂馬。JDC所属してる中でメタ推理ができる3人のうちの1人っていうのが少年漫画っぽくて燃える。元カノのことを引きずってる情けないやつなのでつい感情移入をしてしまった。川をずっと張り込みしてただけだけど。後半九十九十九が真相に気づいたあたりで周りの探偵もどんどん真相に気づいてく展開があったけど、もう既に他のやつが解いちゃったなら手遅れだろ!と思ってしまった。でも探偵なら自力で解くことが大事なのかな。JDCにいらない探偵たくさんいる気がするんですけど、みんなで集まって「ああでもない」「こうでもない」と推理をするパートが『コズミック』の面白さの中核を担っている気がするからいいのか。

 

言葉遊びのしつこさ

 とにかく量が多い。殺された19人の名前をこじつける竜宮城之介のあのシーンは馬鹿馬鹿しすぎて逆にかっこよかった。暗号解読ってああいうことじゃないと思うんだけどっていうツッコミをしたくなったけどグッとこらえた。ここまでしつこく言葉遊びを突き詰めると変なドライブ感が生まれるのな。この言葉遊び要素というか探偵の二つ名とか推理法のネーミングとか西尾維新は絶対参考にしてるよなあ。清涼院流水のおかげでフォロワーの西尾維新舞城王太郎が世に出たと考えると、こういう誰もいない荒野をひた走って道を作ってくれた偉大な先駆者だとは思う。あ、でも舞城王太郎は清涼院より先にこういう探偵がたくさん出てくる破茶滅茶系のミステリ書いてたんだっけ?

 

トリックのしょうもなさ

 壁にぶん投げはしないけどやはりムカついた。九十九十九が喋る前に「続きはCMの後で」みたいなタイミングで作者が読者への挑発状を挿入してきて「流水てめえ、この野郎」と本気で思った。そしてあの犯人であのトリックでしょ。もうねはっきり言って凡人にはついていけないです、流水大説には。そりゃ確かにプロローグで示唆してたけれど。予想を裏切られたけど裏切られすぎて、悔しいとかこれっぽっちも思えない。でも、密室の謎自体が動機でそれを見破ったことで目的が瓦解するっていうのは、それまで密室の謎に期待してた読者の俺が受けた喪失感と重なって切ない。解かれることない密室があれだけ想像力を掻き立てるのに開かれた密室の味気ないこと。真犯人の真犯人の真犯人の〜って最後まで気を引こうとするサービス精神も無駄にプロ根性を感じた。密室への愛とミステリ研の悪ノリをここまで壮大にまとめあげた清涼院流水先生は未遂に終わった密室卿事件とは逆に日本ミステリ史に永遠に残るような爪痕を残したと考えるとドラマチックすぎる。

 

 

ここらでこの毒書完走文を終えたいと思います。(あまり上手くない)

 

 

 

 

クリスマスをぶっつぶせ

彼らがそうまでして我々の心の平安を掻き乱すつもりならば、我々にも考えがある。我々も彼らの大切な一日をめちゃくちゃにしてやることができる。何が特別なのか知らんが、世間ではクリスマスイブは特別である。クリスマスイブに比べたらクリスマスイブイブは重要ではない。ましてクリスマス当日などはなおさら無意味である。クリスマスイブこそ、恋人たちが乱れ狂い、電飾を求めて劣等を驀進し、無数の罪なき鳥が絞め殺され、簡易愛の巣に夜通し立てこもる不純な二人組が大量発生、莫大なエネルギーが無駄な幻想に費やされて環境破壊が一段と加速する悪夢の一日と言えるだろう。彼らが信じ込んでいるものがいかにどうでもいいものか、我々が腹の底から分からせてやる。

 

太陽の塔』  森見登美彦

 

 今朝、私、目を覚ましますと、枕元に、夏みかんが、4つ、置いてありました。 おやおや、もうそんな季節かと思い、夏みかんを、4つ食べ終えると、思いきって、お布団の、外に、飛び出してみました。22歳、無職。訴えたいことが、無いんです。 メッセージの無い、演説家でございます。 私はね…普通に幸せになりたかったんです!普通の社会人らしくね…安定した収入が欲しかったんです。…こんなはずじゃなかった…

 

 最近、眠りが浅い。寝相が悪いせいで明け方近くになると羽毛布団がベッドから滑り落ちてしまって、掛け布団単体で寝ていると身体が寒くてたまらなくなって起きてしまうからだ。22年生きてきて、俺はまともに羽毛布団をかけて朝を迎えられないのか、と思うと情けなくて涙が出る。ぼんやりと起きてもう一回羽毛布団かけ直して寝てもすぐ朝になって全然寝た気がしない。その状態が寝るたびに何日も何日も続いてる。慢性的な睡眠不足のせいで昼間もずっと眠い。俺が寝ている間そばでずっと見張っていてずり落ちそうになる羽毛布団を捕まえて元に戻してくれるバイトを雇いたい。羽毛布団の捕まえ人。キャッチャー・イン・ザ・羽毛布団。

 

 俺は「職ない」「モテない」「外出ない」の3ない運動を守って規則正しく生活しているニートだけど、最近はそんな生活にもようやく慣れてきて心の平穏を手に入れたと思っていた。でも年末になってクリスマスが近づくとやはり憂鬱な気持ちになった。大学時代だったらこの時分は彼女と小沢健二の「ドアをノックするのは誰だ?」みたいな多幸感溢れる時間を過ごしていたはずだったのに、何の因果かあっさりと袖にされてしまって状況が裂いた部屋(自室の意)にこもりきりに。俺は世界から仲間はずれにされてしまったんじゃないか?手首切っちまう。ポアされちまう。どうせ俺がイブに家にいても録画してた天元突破グレンラガンの再放送を見返すくらいしかやることがない。世間の浮かれたカップルどもが合体してる時に俺はグレンとラガンが超絶合体してるのを見て、俺がグレンラガンがギガドリルブレイクしてるの見てる時に世間の男どもは股間のドリルで天元突破するんでしょうね。「俺を誰だと思っていやがる!」つって。いや俺はニートなんですが。

 

 この20数年間生きてきた中で、恋人と過ごしたクリスマスなんてほんの数年で、あとは家族と団欒を楽しんでいたわけで、じゃあそれが元に戻った所で落ち込む必要なんてないはずなのに。だけど、なんだこの胸の寂寥感。がらんどうになった心に乾いた風が吹き抜けていく。空洞です。そして何より親に「あんたイブ予定ないの?」って聞かれた時に見栄はって「あるよ」って言ってしまった自分がみじめで仕方ない。何ドヤ顔して「あるよ」とか言ってんだこのアホ。予定なんて何一つないのに出かけないといけなくなってしまったじゃねーか。親はまだ俺と別れてしまった彼女が続いていると思っているから、わざわざフラれたと説明するのも心苦しい。俺もつらいし、おそらく親もつらいだろう。大学まで出してやった息子が3ヶ月足らずで仕事をやめただけでもショックを受けただろうに、その上彼女にもフラれたなんてわざわざ落ち込ませる必要あるか?ないよ。こういう時の嘘は神様も見逃してくれる系の優しい嘘だからいいのだ。別れた理由聞かれたとして「性交渉の頻度で揉めた」とか口が裂けても親に言いたくないし、言ったとしたらすごく怒られそう。

 

なにも予定のないニートがクリスマスイブに何をするべきか

 

①風俗にいく

 心底どうでもいい情報だけど、俺は今まで風俗に行ったことがない。ポリシーがあるわけではないけど。北方謙三も悩める青少年に「小僧、ソープに行け」とアドバイスしていたじゃないか。彼女も去って破れかぶれの今こそ風俗デビューする時なのではないか?と自分の胸に問いかけてしまう。俺よ、自分の本能に正直に生きろ。勝手なイメージだけどキャバクラや風俗って「終着点」感がすごくて、それが俺を躊躇させる。お金を払わないと女の子に相手をしてもらえないのかって思うと悲しくなりそう。風俗行こうが行くまいが既に底辺なのにニートが何をカッコつけているんだ。

 

②友達と遊ぶ

 大学の同級生は社会人ばかりなのでわざわざ貴重なイブにニート遊んでくれないだろう。初めての冬のボーナスでちょっと背伸びして高いフレンチなんか予約したりしちゃってよ。ほんでもってティファニーのネックレスとか買ったりするんだろ?社会人は。それにひきかえ俺はなんだ。仕事を辞めてからご飯食べるお金にも困って8キロ痩せたニートじゃねーか。古谷実の漫画によく出てくるわこういうダメな奴。あゝ社会人の同級生がどんどん前に進んで行ってしまう。置いて行かないで。地元の友達なら院生とか浪人してまだ大学生のやついるけどそいつらも多分彼女と過ごすのだろう。こんなくだらないブログ書いてるけどクリスマスイブに何の予定もないことをリアルの知り合いに絶対知られたくない。繊細なんだよ俺は。

 

③エア彼女とデートする

 あえて彼女がいる体で1日行動してみる。恋愛なんて言うものは自分の理想やわがままを相手に投影してるだけの一人相撲に過ぎないから一緒に過ごすのが実在の人物かどうかなんて問題ではない。誰かと一緒になってもどうせいつか心が離れてバラバラになってしまうのだとしたら、最初から脳内妄想と恋愛していた方がましなのではないか。

 みなとみらいでショッピングして、横浜美術館行って絵見て、赤レンガ行ってご飯食べて、コスモワールドの観覧車乗って、そっから山下公園で夜景見てプレゼント交換して…俺に「ファイト・クラブ」並みの妄想力があれば、理想の女の子と会えるのに。俺の理想の女の子は飲んだ後に2人きりで夜道をダラダラ歩いてる時にTHE HIGHLOWSの「オレメカ」を口ずさむような女の子です。そんなシチュエーションがあったら絶対惚れてしまう。

 

④名画座に行く

現実的に1番ありえそう。ライムスター宇多丸曰く「打ちにいく」という奴である。大槻ケンヂの『グミ・チョコレート・パイン』の時代から文化系ボンクラ男子にとって名画座はパラダイスなのさ。

 

新文芸坐 

「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」マンチェスター・バイ・ザ・シー

目黒シネマ 

ワンダーウーマンダンケルク

早稲田松竹 

「軽蔑 デジタル・リマスター版」「フェイシズ」

飯田橋ギンレイホール

美女と野獣怪物はささやく

キネカ大森

 バイオハザード:ヴェンデッタ「ゴースト・イン・ザ・シェル」  

 

イブにやってるのあんま観たい映画ないんだよな。もっと「エターナル・サンシャイン」とか「(500)日のサマー」とかそういう普通のほっこりする映画が観たい。特にキネカ大森はどうしたんですか。何でイブにバイオハザード攻殻機動隊なんだよ。カップル受け一切考えてないチョイスすぎる。もしかして俺みたいな根暗男が行きやすいようにあえてカップルが来ないような映画をチョイスしてくれてるの?ってレベルでクリスマス感ない。

 

⑤公園で遊ぶ

 時間潰しと言ったら公園。中学、高校の時から嫌なことから逃避する時は公園にいってたじゃないか。お金がかからないし、ノスタルジックな気持ちになれそうで良い。あの頃のイノセントさを俺は大人になるにつれてどこかに置いてきてしまったのかもしれない。でかくなったからこそ全力でジャングルジムやブランコで遊んでみたい。いま公園で遊べばまだ世界の善性を信じていた頃の純真さ、愛くるしさを取り戻せるに違いない。でも、イブに1人で夜の公園で遊んでたら普通に通報されそう。あと最近うちの近く暴走族が出るらしくて遊んでるときに見つかったら地獄だ。

 

⑥ナンパをする

 たった一夜の心の隙間を埋めるだけならナンパでいいのではないか。

 

「そうだ、手相…。手相、診てあげようか?…え!? ちょっと貸して。あぁ、違う違う 両方、り・ょ・う・ほ・う」

「ま、ちょっとね、触ってみてもいいよ…」

「 じゃあね、お金を使わないで幸せになれるやり方、教えてあげようか…」

「まずこうするじゃない、こうして、こうしてさ........、うん、ここにキスして...」

「僕はベッドの中じゃね、スゴイって日本じゃ有名なんだよ…」

「ふたりでさ…、こうやって……こうやって…、うん、こうやって…、うん、こうやって……革命起こそうよ…!!

 

⑦イブまでに彼女を作る

 寂しいクリスマスを過ごしたくないことへの解決策としてはこの上なくシンプルかつクレバーな方法である。実現不可能という点に目を瞑れば。彼女欲しくて気合入れてtinderを始めたけど職業欄にニートって入れたら誰ともマッチしなくなった。なんで?こっちは真剣に俺の人となりを分かってもらいたくて目もそむけたくなるような現状をあえてさらけ出しているのに、この男らしさを分かってくれる女性はいないんですか。あとtinderって謎に黒人多くないですか?俺の周りに黒人が特に多いだけ?4人に1人のペースで黒人が出てくる。なんとなくスワイプしてていきなりニッキー・ミナージュみたいな人が出てくるとちょっとびっくりしてしまう。ごめんなさい。

 

⑧待ちぼうけをくった男ごっこをする

 山下達郎のあの名曲をこの身をもって再現してみたい。繁華街の待ち合わせスポットに立ち続ければ、ある意味クリスマス気分を満喫できる。待つのは得意な方だからたとえ来るはずのない待ち合わせでも無限に待つよ。たまに電話かけるフリとか織り交ぜて。かじかんだ手をハーって吐息で暖めるやつ、似てる人が通りかかって笑顔で手を振りかけて恥ずかしそうに手を降ろすやつ、どこか不安そうな面持ちで空を静かに見上げるやつも外せない。雨は夜更け過ぎに雪へと変わってほしい。実際この待ちぼうけごっこやったとしたら終盤なりきりすぎて泣いてしまいそう。

 

⑨元彼女によりを戻してもらいにいく

 あまりに寂しすぎてこういう情けない発想にいたる。かつては小沢健二の「東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディーブロー」のような日々を過ごした2人なのだから、まだやり直せる余地は残っているんじゃないか?でも数ヶ月の間全く連絡とっていないのでよりを戻してもらいに突撃したとして、新しい彼氏と鉢合わせなんてした日には自殺したくなると思う。そもそもあれだけボロクソに言われてフラれたのに平然と復縁を切りだせるメンタルがあれば、今俺はニートをやっていない。いつまでもこうやって過ぎていった恋にうじうじと囚われていたら前に進めない。さらば、俺の愛した女よ、新しい人と幸せな聖夜を過ごしてくれ。避妊はしろよ。

 

⑩樹海にハイキングに行ってみる 

 樹海は日本有数のパワースポットである。今の俺に必要なのは定職でも心の支えになってくれる人でもなく実はスピリチュアルなパワーなんじゃないか?いや変な目的じゃないよ。樹海ってほらマイナスイオンとか凄そうだし…癒されたくて。何?いや全然悩んでなんかないって。うん、携帯は失くしたら嫌だから家に置いてくよ。みんなによろしくね。あ、あとちょっと。もしね、もし仮に俺が帰って来なかったらね?いや仮の話だよ。ちゃんと帰ってくるって。もし帰って来なかったらお葬式の時には中村一義の「メキシコ」を流してください。じゃ。

 

 

LIFE

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松本大洋の『青い春』とその映画

  街で高校生のカップルが仲よさそうに手を繋いで歩いてるの見るともうだめです。度を超えた劣等感のせいで動機息切れめまいが発生するしたまらなく死にたくなる。そんなにキラキラと幸せふりまいてお前ら無敵か、頼むから早く俺の目の届かないどっかへいってくれ、ニートに君たちは眩しすぎる。でも、高校生のカップルを見ただけで死にたくなるくらい暗い高校時代を過ごしてきたわりには、漫画とか映画とか小説なら青春モノがけっこう好きだ。虚構だって初めから分かっているならメンタルが揺れることはない。仏の心で受け入れることができる。実際の思い出が「あの時ああしていれば」「あの時ああしていなければ」みたいな事ばかりだったから、物語くらいは完璧な青春を追い求めてしまうんだろう。大学卒業して就職して無職になって彼女にフラれてもう今は、自分が青春という言葉から遠く離れた場所に位置している気がする。

 

 俺の行ってた高校は海の近くで、近くというかほぼ隣に海があった。1年生の時だけ別の棟の教室で、その棟は建物がボロいとか階段が急だとか幽霊が出るとか言われてて生徒からの評判が悪かったけど、その教室から海が見えるのは最高に青春だった。海が見える教室で過ごした一年間はのんびりまったりって感じで、気持ちよく過ごせたのに、2年生にあがって本校舎の教室になってからは最悪でした。なぜ最悪かというと教室から海が見えなくなったのと、クラス替えのせいで前のクラスの男が1人もいないクラスになぜか俺は入れられてしまって、また1から人間関係を構築しようと躍起になって空回りしてるうちに変な奴だとアメフト部に目をつけられて毎日お尻を蹴られたりタックルされるようになったからです。本当は憂鬱すぎて学校全然行きたくなかったけど、いじめられて休んだりしたら親が心配するだろうから毎日ちゃんと行ってた。この暗黒の高校2年生の経験で自分が生きている世界全般に対する不信感や被害者意識が俺の心に植えつけられてしまって、それを今も引きずっている。人生返せ。

 

  ただ、高校2年生の時に同じクラスのちょっと不良っぽい女の子が俺のことをかっこいいと他のクラスの友達に言ってたという噂を聞いて、人生捨てたものではないなと感じた。どこがかっこいいかというと漢字テストなどが返却される際にに俺が必ず両手で証書授与のように受け取るのがかっこいいと言ってたらしい。謎すぎる。結局クラスが一緒だった間に一回もその女の子と話したことがないので真偽のほどは分からないが。その噂を聞いてから俺はますます気合を入れて卒業式のようにテストを受け取るようになったのは言うまでもない。

 

 自分は人より生きるためのエネルギーが足りないんじゃないかと真剣に思っていた。学校に行ってるときも授業とか部活に全く身が入らなくてぼんやりしていた。俺の人生そういう状態がずっと続いてる。なんでみんながあんなに元気で前向きに生きていけるのか本気で不思議だった。このままだといけないのは分かっているのにどうしても努力を積み重ねることができなきてサボってしまう。やらなくちゃいけないこともめんどくさくて放り投げてしまう。嫌なことがあった日の放課後は学校の隣の海にいって、陽が落ちるまでベンチに座って海を眺めていた。「ここじゃないどこか遠くへ行きたい」なんてことを常に考えていたら高校生活はあっという間に終わった。穂村弘かよ俺は。

 

 仕事を辞めて半年経った今もダラダラとニートをやっていて、もうこんなんじゃダメだなあと思うがやっぱり気がつくとダラダラしてしまう。映画とか漫画とか小説とかが面白いから。もっとお金のかかるソシャゲとかパチンコとかにハマらなくて良かったと心から思う。いやニートの時点でダメなのですが。

 

 映画でも漫画でも「あっ面白いな!これ!」って感じた瞬間に脳みそのどっかがシビれるような感覚があって、そのシビれの正体を突き止めてどこが面白いと思ったのかなんてことを誰彼かまわず力説したくなるけど、俺には高度なことをうまく喋る技術がないので話してるうちに自分の話の下手さにだんだんテンションが下がっていって「とにかく見ろよ」みたいに雑な説明しかできない。(ニートになってからは話す相手すらいない)自分の気持ちすら本気で人に伝えてこなかったコミュ障ゆえの悲しきディスコミュニケーションなのだけれど、せめて文章なら過不足なく伝えられるんじゃと思ってブログを書いてみたりする。でも、そう簡単にいくわけもなく自分が思ってることや考えてることを書くことは話すことと同じくらい難しくて、途方に暮れてしまう。もっと自分の言葉をうまく使いこなせるようになって他の人と関わっていけたらいいなと思う。

 

松本大洋の『青い春』とその映画版の話をしたかったのに長々と関係ない自分語りになってしまった。『青い春』は不良少年をテーマにした漫画の短編集で、

「しあわせなら手をたたこう」

リボルバー」 (原作:狩撫麻礼/全3回)「夏でポン!」

「鈴木さん」

「ピース」

ファミリーレストランは僕らのパラダイスなのさ!」

「だみだこりゃ」

の7作品が収録されている。いずれの短編も「青春のやるせなさ」みたいなのを前面に押し出したストーリーで、正直読後感はあんまり爽やかじゃない。俺が特に気に入ったのは「しあわせなら手をたたこう」と「ピース」と「夏でポン!」かな。デビューしたばかりの作品なので絵も荒削りだしやたら人が死ぬし、そもそも初めて読んだ時から松本大洋のぐにゃぐにゃした画風があんまり好みではなかった。でもこの漫画は間違いなく傑作だと思っている。それは登場人物のしゃべる台詞ひとつひとつのセンスの良さであったり荒々しい物語の中に光るナイーブで繊細な表現に惹かれるからだ。松本大洋は感情に訴えかける「漫画の見せ方」が抜群に上手い。誰も真似をできない唯一無二の漫画を描くことができる作家だと思います。松本大洋は絵よりも台詞の作家という事を強く主張したい。この人が書く台詞には「この言い方じゃないと伝わらない」っていう切実さがこもっているような気がします。生々しさ、リアリティ、臨場感とでも言えばいいのかわからないけど。かなしいくらいの切実さがむき出しで読者に飛び込んでくる。そんな台詞を生み出してくれる作家です。何回も言うけど絵よりも台詞のがすごいんですよ。

 

誰か俺をこの檻から出してくれ

『しあわせなら手をたたこう』 

 

終わらねえんだよいつまでたっても夏が

『夏でポン!』

 

誰かが押してくれたら飛べるってずっと信じてたよ

子どもの頃からだ

『ピース』 

 

 俺は不良じゃなかったし、むしろ逆でそういうやつらに嫌がらせ受けてたから、不良漫画読んでまさか感動するとは思わなかった。当時俺が抱えていた閉塞感や倦怠感が『青い春』にはそのまま表現されていた。俺にとって学校って行くだけで何かの役割を押し付けられているような気分になる息苦しい場所だった。教室で授業を受けている時も、アメフト部に小突かれている時も、部活の試合で負けた時も、部活をサボって図書室で『宇宙兄弟』を読んでいる時も、公園のベンチから海を眺めている時も、「本当の俺はこんなんじゃない」ってずっと思いこんでて、でも何も変えられないって本当は分かっているあの感じ。この『青い春』の登場人物も自分の中のどうしようもない絶望を振りきるために殺人や自殺という手段を選んだ。学校という場所から逃げ切るためにはそのくらいしないとダメなんだなと思った。

 

 自分の中で勝手に松本大洋は「境界」をものすごく丁寧に描く作家だと思っていて、『ZERO』においては狂気と正気、『鉄コン筋クリート』においては善と悪(あるいは光と闇)、『ピンポン』においては天才と凡人、『GOGOモンスター』においては非現実と現実がそれぞれ対比的にキャラクターに付与されている…と思う。越えられない境界線を挟んで向こう側にいる人とこっち側にいる人がどう関わっていくか、何を考えるのか。特に孤高の天才とそれを取り巻く凡人の羨望と嫉妬みたいな人間模様を描くのが異常にうまいと思う。で、この強引な推論で『青い春』を読んでみると生と死の境界というものが表現されてる気がする。「しあわせなら手をたたこう」で高校生たちが度胸試しで興じるベランダゲームも生と死のギリギリの境界を感じるための遊びに他ならない。生きている実感を持てない不良たちは「生」を実感するためには命を危険にさらさなくてはいけない。退屈で無味乾燥な日常の中でどこまで「死」に肉薄できるかをチキンレースで試さずにいられない不安定な心情を表しているのではないかと。

 

 映画版はさらに「境界」の要素を突き詰めて表現している。主人公たちが柵を飛び越えるシーンが多用されるのは彼らが道徳やルールから自由な存在であることを示し、最初のベランダゲームに参加した4人(九條、青木、木村、雪男)を軸にしてストーリーは語られていく。オープニングの時点で主要人物の逸脱を端的に観客に分からせるのがニクい。劇中の真っ暗な屋上への階段、黒いスプレー、黒く塗りつぶされた学校、影。そういった一つ一つのモチーフが分かりやすく死を想起させる。原作の生と死の危ういバランスをこの映画では光と影と黒を使って効果的に表現できていると思う。九條がベランダゲームにやたら強いのも生きることに人一倍興味が薄いからのように感じた。それまでギリギリで保たれていたぬるい日常が、些細なきっかけで崩れ落ちてしまう。この生から死への疾走が信じられないくらい鮮やかで眩しい。

 

 原作から映画版に付け足された部分の「松本大洋っぽさ」がすごい。これは監督が意識してやっているのか自然とそうなったのか分からないけど、青木が見上げる馬鹿でかい飛行機とか木村の学ランに縫い込まれた詩とか先生と話していた花にまつわるやり取りとか青木と九條の関係とか黒くなった校舎とか、強烈な松本大洋作品ぽさを感じた。原作からの改変だと木村が好きで好きで仕方ない。「鈴木さん」と「夏でポン!」を無理やりくっつけたキャラクターなのに1番印象に残った登場人物だ。喋り方が松本大洋の台詞に合っているのかも。ちょい棒読みというか。やってること学ラン脱いでヤクザの車に乗るだけなのにあそこまでカッコいいって反則でしょ。

 

 最後のドロップが流れ始めてからラストシーンまではマジで最高。エモい。走る九條と叫ぶ青木と学校の風景が畳み掛けるように重なっていくあそこのところ!俺の表現力では説明しきれないけどあのシーンの原作を超えんばかりの猛烈なエネルギーはまさに映画の魔法としか言いようがない。興奮しすぎて鼻血出るかと思った。生と死の境界を越えていくことで自分の存在を認めさせるという行動は決して強さじゃなくてある種の弱さかもしれないけど、その決意のまっすぐさに胸をうたれた。

 

「理屈に対しては拳で答え、沸き上がる感情に対して『ナゼ』と問う事の無いツッパリ君達の本能は、私の憧れであり、一番身近にいたヒーローだった様に思います。」


「どれだけ情熱を燃やそうと血潮を滾らせようと青春とはやはり青いのだと僕は思います。それはたぶん夜明け前、町の姿がおぼろげにあらわれる時の青色なのだと思います。」

 

『青い春』 作者のあとがきの言葉

 

 

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