コンテンツ化された苦悩

Boy neet Girl (そして人生は続く)

22歳ニートの人生がダメになっていくドキュメンタリーです

ブログ書く意味あんまないな

 夏が終わる。8月24日の11時ちょっと前。自室のベッドの上。

毎日何かが変わるのを期待してブログを書いてる。でも俺がブログを更新しようがしまいが世界には何の影響もない。当たり前のことだけど。このブログを通してじゃないと社会とかかわれないニート。でも、なんでも書いていいと思うと何も書くことがないんだ。うまく自分の気持ちとか考えとか言葉にするのが下手なので。

 

 思い返すと仕事辞めてもう2ヶ月になるのか。

 仕事はつらかった。2ヶ月ってたぶん仕事の「し」の字も分からない序盤中の序盤だけど、先輩にうんこみたいな扱いされてきつかった。辞める寸前は周りがちょっとフォローしてくれて辞めるの後悔しそうになったけど、人間て別れ際が一番印象良いようにできてるのかもしれない。

 

 仕事を辞めてからの今までの2ヶ月はつらくなかったけど、お金もなかった。年金とか国民健康保険とか携帯代がこんなに高いとは思わなかった。働いてたときの貯金が一瞬にして目減りしていって恐怖しかない。だけど金銭感覚がバカだからお金ないのに名画座とか行ったり新しいスニーカーを買ってしまう。

 

 人より人生に対するやる気があんまない。

なんかこのブログも同じことを何度も何度も繰り返し書いてる気がして切ない。ループものかよ。

 

 今この瞬間に思ってる事書きます。ジンジャーエール飲みたい。

 

 俺は無類の炭酸飲料好きだ。小説家になるとしたら「炭酸飲料院流水」っていうペンネームをつけたいくらい好きだ。

 今の一押しは三ツ矢サイダーの復刻版。懐かしい味がする。復刻版ていう響きがおいしそうに感じる。そういえばダイドー仮面ライダーとかウルトラマンのサイダーが前売ってたけど今年の夏は見かけないな。あれも超好きだったんだけど。

  前も書いた気がするけどグリーンレモンも酸っぱくてめちゃおいしい。これも最近スーパーで見かけなくて悲しい。どこに売ってるんだよおい。お酒よりもジュースのがおいしく感じるのはまだ子供である証拠なのだろうか。

 

 ブログの方向を見失いかけているけど、秋までになんかします。

正直言ってかわいい彼女とかできたらブログなんて書く意味ないから普通に放置すると思う。俺が毎日こうやってブログを書くのはほかに熱中するようなことがないから。

 

 それにしても、三ツ矢サイダーの当たりはずれのデカさってなんなんでしょうね。

フルーツ路線あんま好きじゃなくて。ご当地果物使った高級路線ぽいあのシリーズなんか炭酸弱くないですか?あと透明のフルーツサイダーもなんかスベってるし…

 それよりグリーンレモンをレギュラーにしてください。これはマジでうまいので。

なんか頭の悪い記事になってしまったな。

 

 

 

 

アサヒ 三ツ矢 グリーンレモン 500ml×24本

アサヒ 三ツ矢 グリーンレモン 500ml×24本

 

 

 

「トム・アット・ザ・ファーム」と「たかが世界の終わり」

 お金がなくて何が辛いかというと映画をあまり見に行けなくなってしまうことで、そんならできるだけ安く済ませようとなるべく名画座に行こうとしているけど、僕の住んでるど田舎には名画座なんてハイカラなものが存在していないので、東京の名画座まで行くのに交通費がかかってしまい結局のところ地元で見るのと変わらない値段で見ている気もするが映画を二本続けて見るのは、いい時間つぶしになるのでニートにはもってこいなのだった。

 

 ただ僕はなんだか人より集中力が続かないのか、よくわからないけど映画館で映画を見ていると眠くなってしまう人間で、爆発シーンがドカンドカンやってる派手なハリウッド映画とかでも結構寝る。あのうす暗い環境と非日常的な高揚感が謎の化学反応をおこしてしまうのだろうか。映画館で寝るなんて作品を作った人たちに申し訳ないし「映画好きを名乗る資格がない」と言われてしまっても仕方ないけど、眠くなってしまうのはしょうがないじゃないですか。

 

 しかも困ったことに気になってる女の子とデートする時ほど眠くなってしまう気がする。今まで女の子とデートしてる時に寝た映画は「英国王のスピーチ」と「マン・オブ・スティール」と「孤独な天使たち」の3本で、こうやって振り返ってみると微妙に節操ないこのチョイス。アカデミー賞受賞作、アメコミ映画、ミニシアター系と分け隔てなく平等に寝ている。女の子と一緒にいることが緊張してさらに眠気を倍増させるのか。それとも緊張のせいで前日寝不足になってしまって当日にそのツケが回ってくるのか。どちらにせよ気になってる女の子の前でブザマな寝顔をさらすのはみっともなくて気が引ける。女の子と見に行かなくても友達同士や一人で見ても寝ることはあるんですが。つまらない映画=寝るというわけでもなくて単純に自分のコンディションの問題なのが厄介なところです。

 

 今日行った名画座はキネカ大森という場所で、グザヴィエ・ドラン監督の2本立てを見てきました。ニート僕といっしょに観にいってくれる女の子がいるはずもなく、一人で孤独を噛みしめることとなった。キネカ大森は小さい方のスクリーンの座席の床が下り坂になっていて、うまく足に体重がかけられなくて長時間座っているうちに腰痛くなってしまうのが欠点ではあるが、SEIYUの中という異色の立地とノスタルジックな雰囲気と良心的な値段設定でとてもお気に入りの名画座なんですけど、今日はサービスデーということもあって非常に混雑していました。

 

 どちらの映画も途中10分間ほど睡魔に意識を持っていかれたため、えらそうに感想を言うのは気が引けるのであえて語りません。ただこの監督の描く暴力的なオッサンの破壊力はすさまじいですね。僕を前働いていた会社の怖い先輩を思い出して嫌な気持ちになりました。映画自体は素晴らしいんですけど、じっとりと身に迫る嫌な圧迫感がうまく描写されていて見ていて「きっつー」となる場面があります。 

 

次からは寝ないように気をつけます。できれば女の子と映画見に行きたいなあ。寝る確率が倍増しますが。

 

 

僕が旅に出る理由は だいたい百個くらいあって

 

僕が旅に出る理由は だいたい百個くらいあって
ひとつめはここじゃどうも 息も詰まりそうになった
ふたつめは今宵の月が 僕を誘っていること 
みっつめは車の免許 とってもいいかな なんて 思って いること 

「ハイウェイ」 くるり

 

 お金が本格的になくなってきて、ついにというかいよいよというかおひるごはんを食べなくなった。このまま過ごしていたら痩せていってスレンダーなボディを手に入れられるだろう。ニートはダイエットに最適なのかもしれない。「人生に必要なのは勇気と想像力と…少しばかりのお金だけ。」と言ったのはチャップリンだが、今の僕にはそのすべてが欠乏している。こんなクソゲー人生やってられっか

 世界が俺を置いてけぼりにしてすごいスピードで変わっていくのをただぼんやりと感じている。これは中学2年生の時に数学の授業についていけなくなったあの時の感じに似ている。最初のころは「なんとかなるだろ」なんて悠長にかまえていたのだけど、気がつくとあっという間に先生の言うことが分からなくなって成績が急降下したのだった。人生も同じように少しの油断が、ありとあらゆるものを台無しにすることもありえるわけで、ここから人生をどう挽回していこうか、というかそんなことができるかどうかも怪しいのでめんどくさい気持ちがいっぱい。

 

「俺もう人生詰んでね?」

ニートになったことを心配してくれる恋人や友人がいるわけでもなく、このブログの読者くらいしか社会との接点がない私なのだった。でも、もし現実に親身になってアレコレ世話やいてくれる人がいたとしても、あまり今と変わらないだろうな。うん。

 「普通に就職してる同年代の友達」ってだけで俺の中では劣等感という負の感情が湧いてくると思う。こういういじけた性格だから会社でいじめられたんだろうか。分からない。ここ2週間くらい家族以外のだれからもLINEが来ないので、自分が他者とコミュニケーションを図る時に使っていた脳細胞がどんどん死んでいってるのが分かる。かといって自分から連絡を取ろうにも、ニートである自分の境遇があまりにも恥ずかしすぎて友達に自分から連絡をとれない。自意識過剰かもしれないけど、ニートのハートはフラジャイルなんです。分かってください。

 そもそも仮に連絡があったところで遊ぶお金すらないのだから、もし友達から誘われても断らないといけないだけなのが悲しい。俺に必要なのは友達じゃなくて連帯保証人だ。一人ででも生きていけるように名画座で泣ける映画を見て、図書館で泣ける本を読もうと思います。

 

  お金ぎりぎりだけど明日映画見にいこうか迷う。

 

ハイウェイ (ベスト オブ くるり Remastering)

ハイウェイ (ベスト オブ くるり Remastering)

 

 

 

ソフトに死んでいる

いいたいこともない  つたえたいこともない

やみもない ひかりもない  ましていたみもない

いっけんやわらかい  すごくなまあたたかい

おわらない にげられない  わすれたふりは もう

やめよう よう よう よう よう

やめよう よう よう よう よう

めよう よう よう よう よう

やさしげ ぶきみに 

「ソフトに死んでいる」 ゆらゆら帝国

 

 今日、携帯の料金プランを20GBから3GBに変更した。高い料金を払い続けられるような余裕がニートにはない。東京まで映画を観に行きたいけれど金銭的に余裕がないので、どうにも行けないらしい。お金がないとやりたいことができなくなるし、食べたいものが食べれなくなるし、買いたいものが買えなくなるし不便だなあ。ニートになってから気づきました、お金の大切さに。友達からの誘いも「ニートだから」という理由で断り続けていたらいつしか誰からも誘われなくなってきた。

 3GBだと今使っているデータ容量の7分の1なので速度制限がすぐ来るから家のパソコンじゃないとTwitterとかYoutube見れないな。考えてみるとニートになってからの時間をほとんど携帯と向き合って過ごしていたから携帯と離れざるを得ないこの状況に追い込まれたらなにか行動を起こすようになるかもしれない。部屋の掃除とか。

 それとも携帯と離れたら何にもすることがなくてただひたすら日光を取り入れて呼吸するだけの自主植物状態に陥るのかもしれない。ラーメンズのなんかのコントに「だれか、私たちにしなきゃいけないことをください!」っていう決め台詞が出てきたが、そのような気持ちになっている。

 これを読んでいる読者は「金がなくて暇なら仕事しろよ」と思われるかもしれないが、それは断じてお断りいたしまする。働く以外でなにかやることっていうと生産的な趣味を始めようかなって感じだけど、趣味ってやつものめりこむとある種の「仕事っぽさ」が生まれるから難しい。そもそも俺の趣味が読書と映画くらいしかない。超インドア。

 今の生活は人間として生きている意味があまりない。ナマケモノとしてなら超エリートだったのかもしれない。

 めんどくさいなあ。人生とか人間関係とかがんばっていこうというやる気がどうしても出ない。俺はどこまでいっても自分勝手でわがままな性格なんだろう。そうじゃないと普通2か月で仕事辞めないよな。

 お金が尽きてからが地獄だと思うけど、どうやって生きていくつもりなんだ俺。

降り続く雨としりあがり寿の『方舟』

 夏なのに全然晴れなくて気分がどんよりする。基本雨のが好きな根暗人間だけど。

東京の方は毎日雨で大変らしいですね。

「やまない雨」という言葉を聞いたらこの漫画を紹介しないわけにはいかないでしょう。

久しぶりにすんなりとブログのネタが思いついた。

 

しりあがり寿 『方舟』

雨がやまなくなった日本。いずれ止むだろうと思われていた雨が、延々と降り続く。それも土砂降りではなく、小雨が降り続く。雨は地上を徐々に水没させ、人々は行き場を失っていく。最初の方はテレビの報道もおちゃらけムードでふざけていたのに、次第に家が沈んでいって皆がだんだんと止まない雨に「終末」を感じ始める…っていう話なんだけど、前半のお気楽な感じと終盤の絶望感の落差がすさまじくて、良い。

 方舟キャンペーンを打ち出して大儲けする歯磨き粉メーカー。楽観視して家に引きこもり続けるサラリーマン。なんとかして生き残ろうと方舟を強奪する若者たち。二人きりで最後の時間を過ごす恋人たち。現実に耐え切れず自殺する人。諦めてすべてを受け入れる人。

 「方舟」っていうタイトルの通り旧約聖書の「ノアの方舟」のエピソードを下敷きにしているけど、この漫画には救いが一切ない。ひたすら「世界の終わり」を淡々と描写している。

 言葉で説明してるだけじゃいくら語ってもこの漫画のすごさを伝えきれない。しりあがり寿のヘタウマな絵で紡がれる「滅び」の物語。台詞やコマ割りの一つ一つはシンプルなのに、ラストシーンを読むといつも胸の奥がびりびりするくらい感動する。

 うまく言えないけど、読んだ方がいいですよ。本当に。

 

『今、「輝ける未来」が失われたのは、他の何のせいでもなく、あなたの、私の、人類そのものの脳みその、一つ一つの脳細胞の、想像力の、力不足のせいなのだ。ただそれだけなのだ。
さあ、未来を失ったからには、とびきり美しい「終末」を思い描こう』
 

 

 

方舟

方舟

 

 

 

ステラーカイギュウの死なない世界

 かなしみの中にいるとき、死んでしまったステラーカイギュウのことを思いだす。

ステラ―カイギュウは人間に乱獲されて絶滅した大型の海棲哺乳類で、絶滅の経緯が信じられないくらい悲惨なのです。かわいそうなステラ―カイギュウ。

 

絶滅の経緯

デンマーク出身の探検家ヴィトゥス・ベーリングが率いるロシア帝国の第2次カムチャツカ探検隊は、1741年11月のはじめに遭難した。アラスカ探検の帰途、カムチャツカ半島のペトロハバロフスク港を目指して、アリューシャン列島づたいに西行していた探検船セント・ピョートル号が、嵐に遭遇し、カムチャツカ半島の東の沖500キロメートルに位置する現コマンドル諸島無人島(現ベーリング島)で座礁した。

乗員たちの多くは壊血病にかかっており、飢えと寒さの中、半数以上が死亡した。指揮官のベーリング自身も12月に他界したが、残された人々は、座礁したセント・ピョートル号の船体から新しいボートを建造し、翌1742年8月に島を脱出した。その指揮に当たったのが、ドイツ人の医師で博物学者でもあったゲオルク・ヴィルヘルム・シュテラー(ステラー)である。10ヶ月に及ぶ航海の末にペトロパブロフスク港にたどり着いた彼らは、英雄として迎えられた。

 
ステラーカイギュウの群れ。1902年の絵画

シュテラーは、探検中に見られたラッコオットセイなどの毛皮獣のほかに、メガネウという(この鳥も、発見されたことが影響して結果的に絶滅する)と、遭難先の無人島(ベーリング島)で発見された巨大なカイギュウについても報告した。そのカイギュウは、長さ7.5メートル、胴回りが6.2メートルもあり、島の周辺に2,000頭ほどが生息すると推定された。シュテラーの航海日誌(ジャーナル)には、次のように記されている。「その島の海岸全域、特に川が海に注ぎ、あらゆる種類の海草が繁茂している場所には、われわれロシア人が『モールスカヤ・カローヴァ』(ロシア語морская корова; “海の牛”)と呼ぶカイギュウが、1年の各期を通じて、大挙して姿を現す」。

そのカイギュウ1頭から、3トンあまりの肉と脂肪を手に入れることができた。そしてその肉は、子牛に似た味と食感をもっていた。言うまでもなく、遭難中のシュテラーたちにとって、このカイギュウたちは有用な食料源となった。美味であるばかりではなく、比較的長い時間保存することができたため、その肉は彼らが島を脱出する際、たいへん助けとなった。ベルト、ボートを波から守るカバーに利用され、ミルクは直接飲まれたほか、バターにも加工された。脂肪は甘いアーモンド・オイルのような味がし、ランプの明かりにも使われた。彼らが生還できたのは、このカイギュウの生息域でそれを有用に利用できたからであった。

ステラーカイギュウと名づけられたこの海獣の話はすぐに広まり、その肉や脂肪、毛皮を求めて、カムチャツカの毛皮商人やハンターたちが、数多くコマンドル諸島へと向かい、乱獲が始まった。

約10年後の1751年になって、シュテラーはこの航海で得たラッコやアシカなどを含む数々の発見に関する観察記を発行している。アラスカでは見かけなかったこの動物についても、彼は体の特徴や生態などを詳しく記録している。

ハンターたちにとって好都合なことに、カイギュウたちは動作が鈍く、人間に対する警戒心ももち合わせていなかった。有効な防御の方法ももたず、ひたすら海底にうずくまるだけだった。このような動物をライフルで殺すことは容易だったが、何トンにもなる巨体を陸まで運ぶことは難しいため、ハンターたちはカイギュウをモリなどで傷つけておいて、海上に放置した。出血多量により死亡したカイギュウの死体が岸に打ち上げられるのを待ったのだが、波によって岸まで運ばれる死体はそれほど多くはなく、殺されたカイギュウたちのうち、5頭に4頭はそのまま海の藻屑となった。

ステラーカイギュウには、仲間が殺されると、それを助けようとするように集まってくる習性があった。特に、メスが傷つけられたり殺されたりすると、オスが何頭も寄ってきて取り囲み、突き刺さった銛やからみついたロープをはずそうとした。そのような習性も、ハンターたちに利用されることになった。

1768年、シュテラーの昔の仲間であったイワン・ポポフという者(マーチンの説もあり)が島へ渡り、「まだダイカイギュウが2、3頭残っていたので、殺した」と報告しているが、これがステラーカイギュウの最後の記録となった。ステラーカイギュウは、発見後わずか27年で姿を消したことになる。 その後もステラーカイギュウではないかと思われる海獣の捕獲や目撃が何度か報告されている。最も新しい報告例では、1962年7月のベーリング海ソ連の科学者によって6頭の見慣れぬ巨大な海獣が観察されているが、それがステラーカイギュウなのか他の海獣類を見間違えたのかは不明。

ステラーカイギュウ - Wikipedia

 

このエピソードを読むたびに、乱獲した人間に怒りがふつふつと込み上げてくる。

「せめて殺すなら食べる分だけにしろや!」

ああ、こんなことを言っても250年前に絶滅してしまっているから意味のない話だけど、もしタイムスリップできるならシーシェパード並みに過激に妨害活動する自信がある。

この優しくて大きいステラ―カイギュウに会う機会は一生ないんだと思うと、ただただ悲しくてむなしい。滅ぼした人間という存在そのものに嫌悪感が湧く。

ステラ―カイギュウ、ごめんなさい。

 

僕がダラダラと生きた今日はステラ―カイギュウの生きたかった明日なのかもしれない。何を言ってるんだ俺は。

生きることはつらい。いやになるくらい。

ステラ―カイギュウが今も生きていて欲しかった。そんなことを考える今日この頃。

 

絶滅した奇妙な動物

絶滅した奇妙な動物

 

 

何もすることがない8月

ブログに書くことが何もない。

今俺は自分の部屋のベッドの上でPCでこの文章を打っている。

部屋を見回す。

部屋が散らかっている。

置きっぱなしのUSA製のリュックサック。

お父さんから借りたLLBEANのトートバッグ。

仕事を始めてから買ったREGALの革靴の空き箱。

去年の春に電車に置き忘れて新しく買いなおした就活カバン。

この前BOOKOFFで買った舞城王太郎の文庫本

しまい忘れた電熱ヒーター

ゴミ箱

風量を4段階中の3に設定している扇風機。

大学一年生の冬に買ったナイキのスニーカーの空き箱

 

僕がなんのためにブログを書いているのかと言うと

あなたに読んでもらいたいからです。

仕事をしていないニートは、本当に社会との関わりがない。

お金を極力使わないようにしていると、外に出なくなるからね。

今日家族以外と交わした会話といえば近所のスーパーに夜ご飯に食べる冷凍食品を買いに行ったときに店員さんに「Tポイントカード持ってないです」って言ったことくらいじゃないか。俺はいつもTポイントカード持ってるのに店員に訊かれるとなぜか恥ずかしくて出せない。夜ご飯には日清の上海焼きそばを買いました。おいしかったです。

近年の冷凍食品の味の進歩は目を瞠るものがありますね。僕は冷凍食品の中華の麺類が好きなのでよく食べます。あんかけ焼きそばとか上海焼きそばとか汁なし担々麺とか超おいしい。超とか安易な言葉使ってしまうくらいおいしい。日清すごい。

 

 

↑俺の一押しはこれです。花椒がしびれる辛さで本格的な担々麺っぽくてほんとおいしい。スパイシー。

こんな記事から買う人いないと思うけど一応アフィリエイト収入のために商品紹介を貼っておく。

 

このブログは金にならん。読んでるみんなは気まぐれにクリックするけど買いはしないんだよ。今月このブログから40くらい商品にクリックされてるけどいまだに購入者ゼロ。もしかして自分が確認のために押したのもカウントされているのかな?だとしたら悲しい。

 

お金になること、といえばもうこれはいらない内臓を売るとかそういう方法しかない。

 

俺の膵臓を売りたい。

 

ポール・オースターの「ムーン・パレス」という小説で主人公がお金に困ったときに親戚の叔父さんからもらった本を売りまくって部屋ががらんどうになっていくみたいなエピソードがあった気がする。ただ俺の持っている本はほとんどがBOOKOFFで買ったものなので売ったとしても二束三文にしかならないだろう。